海外映画祭で相次ぐ受賞、公開1カ月後も上映館拡大!『我々は宇宙人』が共感を呼ぶ理由――アニメーションだからこそ描けた、「そこ」に生き続ける人々の物語 | 超!アニメディア

海外映画祭で相次ぐ受賞、公開1カ月後も上映館拡大!『我々は宇宙人』が共感を呼ぶ理由――アニメーションだからこそ描けた、「そこ」に生き続ける人々の物語

海外映画祭で相次ぐ受賞を重ね、公開1カ月後も上映館を拡大しているアニメーション映画『我々は宇宙人』。観客の支持を集める理由を、作品が描く人間関係と、記憶を呼び起こすアニメーション表現から考える。門脇康平監督の公開前インタビューもあわせて紹介する。

連載・ブログ
注目記事
映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 映画『我々は宇宙人』キービジュアル
  • 映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 映画『我々は宇宙人』場面カット
  • 『我々は宇宙人』

9月25日に公開された長編アニメーション映画『我々は宇宙人』が、口コミを中心にじわじわと広がりを見せている。公開38日目となる11月1日時点で、累計興行収入は4億2233万7400円、観客動員数は26万2855人を突破。当初72館だった上映劇場も、累計110館へと拡大した。

門脇康平監督にとって初の長編アニメーション作品となる本作は、カンヌ国際映画祭監督週間への出品を皮切りに、アヌシー国際アニメーション映画祭、オタワ国際アニメーション映画祭、シッチェス・カタロニア国際映画祭など、海外の映画祭でも高い評価を獲得している。

アニメ!アニメ!では公開に先立ち、門脇監督にインタビューを実施した。作品の構想から脚本作り、独特の映像表現まで、その制作の裏側を聞いている。今回はインタビューで語られた内容も振り返りながら、本作が描く少年時代の風景と、観客の間で支持を広げている理由を考えたい。

◆二人の少年に訪れた、取り返しのつかない出来事

映画『我々は宇宙人』場面カット

物語の舞台は、平成のある田舎町。内気で「普通」であることに悩む少年・翼は、小学3年生の春、クラスの人気者で「特別」な存在の暁太郎と出会い、親友になる。二人だけの遊びや意味のない会話、夕暮れの帰り道。そんな時間を過ごしていた二人だが、ある日を境に暁太郎はクラスの中で浮いた存在となり、噂や視線に囲まれていく。

暁太郎をかばいたいと思いながらも、自分まで仲間外れにされることを恐れ、何もできない翼。そして、取り返しのつかない出来事が起こる。二人の関係と、その後の人生にまで影を落とす記憶を、本作は30年という時間を通して描いていく。

◆「宇宙人」と呼ばれる誰かと、それを見ている自分

映画『我々は宇宙人』場面カット

本作で印象的なのは、暁太郎を孤立させていく出来事に、誰かひとりの明確な悪意があるわけではないことだ。何気ない言葉や噂、周囲の視線、そして誰もが少しずつ距離を置いていく空気。そうしたものが積み重なり、いつの間にか一人の少年をクラスの外側へと追いやっていく。

「宇宙人」という言葉も、そんな関係を象徴している。みんなと違う、どこか理解できない存在。そう呼ぶことで、相手を自分たちとは別のものとして扱ってしまう。けれど、その場にいる子どもたちにとっては、必ずしも特別なことではないのかもしれない。誰かが浮いた存在になり、周囲がそれに合わせて振る舞う。そこには、子どもたちなりの序列や、仲間でいるための暗黙のルールがある。

翼の行動も、簡単には責められない。暁太郎を助けたい気持ちがあっても、自分が次の標的になるかもしれない。目の前の友人を守ることと、自分が今いる場所にとどまること。その間で揺れながら、翼は結局何もできない。

映画『我々は宇宙人』場面カット

大人になった視点から見れば、「なぜあのとき助けなかったのか」と思うかもしれない。しかし、その場にいた少年にとっては、そこから外れることのほうが現実的な恐怖だったのだろう。

本作を観ていて強く残るのは、彼らが別の居場所を探そうとするわけではないことだ。学校やクラス、友人関係といった、目の前にある環境が自分の世界のすべてであり、その中でどう振る舞うかを考えている。そこにあるルールを疑うよりも、まずはそれに合わせて生きていく。

『我々は宇宙人』は、少年時代のある出来事を描くと同時に、時を重ねてもなお、そこにいる人々の物語でもある。翼と暁太郎の姿に重なるのは、観客自身が育った場所の空気や、そこで覚えた人との関わり方だろう。だからこそ本作は、特定の二人の記憶でありながら、観る者それぞれの物語として響く。

◆ノスタルジーを「自分の記憶」に変える映像

映画『我々は宇宙人』場面カット

本作の映像について、筆者が強く感じたのは、印象派の絵画を思わせる雰囲気だ。監督は公開前に実施したアニメ!アニメ!のインタビューで、子どもの頃の記憶をアニメーションとして残したいという思いから、本作の構想が始まったと語っている。

実体験をもとにした部分は全体の2~3割ほどだというが、使い込まれたランドセルや学校の机の角といった細部にも、記憶を呼び起こすようなリアリティがある。

また、ほぼすべてのカットで実写の参考映像を撮影し、子どもたちの不規則な動きなどをアニメーションに反映させたという。監督自身が美術、色彩、作画、編集など幅広い工程に携わり、画面全体のトーンを統一している。インタビューでは、子どもの頃に印象派や17世紀の写実主義に憧れていたことも明かしていた。

映画『我々は宇宙人』場面カット

印象派の絵画は、目の前の風景をそのまま写し取ったようでいて、光や色、その場で受けた印象を通して風景を描き出すものだ。『我々は宇宙人』の画面にもまた、現実を精密に再現するだけではない、観る者の記憶や感情を引き出す力がある。

本作に描かれる平成の田舎町は、特定の場所や誰かひとりの記憶に閉じた風景ではない。だからこそ観客は、翼と暁太郎が過ごす町並みのなかに、自分自身の教室や帰り道、かつての友人たちの姿を重ねることができる。

◆懐かしさの先に残る、少年時代の記憶

映画『我々は宇宙人』場面カット

本作には、誰もが懐かしさを覚えるような子ども時代の風景がある。けれど、その懐かしさは、楽しかった思い出だけでできているわけではない。あの頃は当たり前だと思っていたこと、周囲に合わせて見過ごしていたこと、そして今になって振り返ると違って見える出来事もある。

少年たちが生きていた世界には、そこにいる人たちだけが知っているルールがあった。誰かにとっては何でもない思い出でも、別の誰かにとっては、30年が過ぎても消えない記憶になっている。『我々は宇宙人』が描くのは、そうした少年時代の光と影だ。

懐かしい景色の中に、自分だけが覚えている出来事を見つける。そして、当時は言葉にできなかった痛みや後悔と向き合う。本作は観客それぞれの記憶を呼び起こし、過去を単なるノスタルジーで終わらせない。

公開当初72館だった上映劇場が累計110館にまで広がった背景には、この「自分のこととして見てしまう」鑑賞体験があるのではないだろうか。懐かしいだけでは終わらない少年時代の記憶が、鑑賞後の会話や感想を生み、それが次の観客へと作品を届けている。



【作品概要】

『我々は宇宙人』(英題:『We are Aliens』)

公開日: 9 月 25 日(金)全国劇場公開
配給 : TOHO NEXT・NOTHING NEW
企画・監督・脚本: 門脇康平
キャスト: 坂東龍汰 岡山天音
山﨑天(櫻坂 46) 松井ケムリ
槙木悠人 中込佑玖 鈴木咲 末永陽
音楽: Yaffle
主題歌: adieu 「ささくれ」 作詞・作曲:Yaffle (Sony Music Labels)
企画・製作・制作: NOTHING NEW
協力 : MIYU PRODUCTIONS

(C)NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS

《animeanime》