現在放送中のTVアニメ『終末ツーリング』。原作はさいとー栄が月刊コミック誌「電撃マオウ」にて連載中の、2人の少女と1台のセローが滅んだ日本を駆け回る姿を描く異色のツーリングマンガだ。

ヨーコとアイリは、名所の風景をふたりじめで写真を撮ったり、自然いっぱいな街中でキャンプをしたりと、誰もいない終末世界を旅する少女である。オフロードバイク・セローにタンデムで走る2人は、渋滞もなければ信号にも止められない、いまだかつてない自由なツーリング旅を繰り広げていく。
本作はヨーコがセローを運転して世界を旅する姿が描かれているが、その姿に関心を示した人物がいた。その方とは自動車ニュースサイト「レスポンス」副編集長の宮崎壮人氏だ。
本記事では、宮崎氏にバイク愛好家の視点から、作品に登場するヤマハ「セロー」の魅力や技術的特徴、アニメに登場する電動改造版セローの注目ポイントや、原作者のバイクへの深い理解が感じられる点など、気になることを聞いてみた。
インタビュイープロフィール
レスポンス副編集長・ニュース統括 宮崎壮人(みやざき もりと)

1979年、東京都生まれ。
中古車情報誌の制作に携わったのち、IRIコマース&テクノロジー(現 株式会社イード)の自動車ニュースサイト「レスポンス」編集部に入社。燃費管理サービス「e燃費」プロデューサー、スクープサイト「Spyder7」ほか複数の新規メディアの立ち上げなどを経て2017年にレスポンス編集長に就任。2023年より現職。現在の愛車はマツダCX-5、カワサキW800。
バイク好きも関心するほど、バイク愛にあふれる作品!「ヨーコちゃんはなかなかのライディングスキルを持っている」
――まずは『終末ツーリング』を見た感想を聞かせてください。
宮崎壮人氏(以下、宮崎): 最初に見て感じたのは、ヨーコちゃんの運転が上手なことと、作者の方もかなりバイクが好きできっとセローをお持ちなんじゃないかな、ということでした。
セローは「オフロードバイク」と呼ばれる種類で、アスファルトの上や街中ではなく、山道や道なき道を走ることを得意としています。1985年に誕生したモデルで、競技車両のように山中で速さを追求するのではなく、「どこへでも気軽に走って行ける」ことを大切にしたバイクなんです。バイクで走ることそのものが目的ではなく、「行きたい場所にたどり着くこと」を楽しむ、そんなコンセプトで作られています。

ヤマハはこれを「マウンテントレールバイク」と呼んでいます。登山道をジョギングのように駆け抜け、景色を楽しむ“トレイルラン”というスポーツがありますが、それをバイクで実現しようとしたのがセローなんです。
プロテクターを身につけて険しい道を攻めるような乗り方ではなく、ツーリングそのものや景色を楽しみながら走るスタイルが魅力で、『終末ツーリング』の物語には、そうしたセローの楽しみ方を理解したうえで、「セローで旅をするならどんな世界が広がるのか」「どんな場所を走っていくのか」といった発想が生かされていると感じました。
――バイクがそもそも持っているコンセプトと、アニメのコンセプトが合致していたということですね。
宮崎: そうですね。この作品の世界観はかなりハードだと思うのですが、セローならば道がボコボコになっていたり、木が生い茂っているような場所でも走っていけます。だからこそ、そうしたセローの特性をベースに世界観が作られたのかなと感じました。
――セローのコンセプトを聞くと、確かにセローに乗るべくしてセローに乗っているという印象ですね。作者の方のXを確認したところ、愛車は「セロー225W」と「セロー225WE」との記載があります。
宮崎: やっぱりそうですよね。やはり実際にオーナー(バイクの持ち主のこと)でないと、ここまでリアルに描けないと思いました。
「いろんな場所へ行く」という作品のテーマに合わせて、いっそ世界を滅ぼしてしまって、そんな極限の世界でも生きていける「たくましさ」が、このバイクにはあるんだと思います。

――「ヨーコちゃん、運転うまいですよね」とおっしゃっていましたが、どういったシーンから感じましたか?
宮崎: 本作の公式サイトのダイジェスト映像を見たのですが、東京ビッグサイトの階段を上るシーンや、第1話の箱根ターンパイクの走行シーンが印象的でした。
あそこは車やバイク好きにとって「走りの聖地」なんですけど、あの道を2人乗りでスイスイと走るのは相当なスキルが必要です。
おそらく女子高生くらいの年齢設定だと思うのですが、その若さであのライディングテクニックはすごいと感じました。しかも、常にアイリちゃんを後ろに乗せたまま階段を上ったり、ボコボコ道を走ったり、戦車に追われてもピンピンしているのは本当に驚きました。
――やっぱり、2人乗りは難しいものなんですか?
宮崎: 難しいですね。アイリちゃんはロボットだから、人間よりも重いかもしれません。そんな子を後ろに乗せたまま、しかも立ちながらビームを撃たれたりしても安定して走るといのは、相当なテクニックです。
2人乗りって、1人で乗るよりもバランスを取るのが難しいです。重量が増すほど操作がシビアになる。だからこそ、ヨーコちゃんのライディングスキルには感心しました。
――3話では「ガソリンだとこういう音になる」というセリフもありましたが、1話の時点でエンジン音が電動だと気づかれていましたか?
宮崎:もちろんです。1話の冒頭ではお姉さんがバイクに乗っていて、あのシーンではガソリンスタンドでキックしてエンジンをかけていました。あの「キック始動」は初期型セローの特徴でもあって、エンジン音もとてもリアルだなと感じました。
一方で、場面が切り替わってヨーコちゃんが乗っているシーンになると、明らかにモーター音になっていて、「ヒュイーン」と走っていく。あの音を聞いた瞬間に「これは電動のセローだ」とすぐにわかりました。バイク好きなら、あの一音でピンとくると思います。
実際、セローの電動モデルは存在しません。セロー自体、2020年に生産が終了してしまっているんです。だからこそ、「誰かが改造した電動セローなのでは?」と想像しました。さらに、休憩時に携帯型ソーラーパネルを広げて充電する描写も印象的でした。あんな技術は現実にはまだ存在しませんが、もし実現したら電動バイクは今よりずっと便利で人気が出るはずです。そんな“未来のテクノロジー”を感じさせる世界観が、とても魅力的でした。
この電動セローがどうやって作られたのか、誰が改造したのか……いろんな想像が膨らみましたね。滅びた世界を旅する物語としても理にかなっていると思います。ガソリンスタンドが稼働していなければ給油できないし、エンジン車ならオイル交換などのメンテナンスも必要。でも、太陽光で充電できるなら、どこまでも走っていけます。そうした発想から、この電動セローという設定が生まれたのかもしれません。
――バイクの動き方の面でも、印象に残ったシーンはありましたか?
宮崎:やはり階段を上るシーンが一番印象的でしたね。あと、アイリちゃんが後ろを向いてビームを撃つシーンも印象的です。さらに細かい点ですが、電動バイクなのにギアチェンジをしている描写があったのも気になりました。
通常、ギアチェンジはエンジン車で行う操作で、電動の場合は必要ありません。スクーターのようにハンドルを回すだけで、発進から加速までスムーズに走れるのが一般的です。
でも、ヨーコちゃんは発進時に“ガチャガチャ”とシフト操作をしていて、「この電動セローにはマニュアル操作があるのか?」と驚きました。そういった細部のこだわりがリアルで、ますます「このバイクはどうなっているんだろう」と興味が湧きました。
もしかすると、バイクに乗っている人でも気づかないような独自の仕組みが、作品の中に隠されているのかもしれません。
――電動バイクの需要についてもお聞きしたいのですが、今はどんな状況なんでしょうか? やはり、まだエンジン派の方が多いのでしょうか?
宮崎: バイクというのは、車と違ってほぼ「趣味の乗り物」なんです。新聞配達のような業務用途を除けば、セローのようなオフロード走行やツーリング向けのバイクや、峠道やサーキットを走るスポーツバイクなどは、ほとんどが趣味として楽しむものです。だからこそ、環境意識の高まりや電動化の流れがあっても、「エンジンの鼓動が欲しい」という人が多いです。バイク好きの多くは、やはりエンジン音や振動が好きなんです。
電動バイクもモーターの力強さは魅力的ですが、課題は「バッテリーの重さ」です。ガソリン車と同じ距離を走るためには大容量の電池が必要で、その分どうしても車体が重くなってしまいます。バイクの醍醐味である「ひらひらと軽快に走る感覚」が失われてしまうんです。
そのため、趣味性の高いバイクでは電動化はまだあまり進んでいません。一方で、街中を走るスクータータイプの電動バイクは増えています。ヤマハやホンダといったメーカーも、短距離向けの電動モデルを少しずつ展開している状況ですね。
――なるほど。となると、『終末ツーリング』に登場するような、ソーラーパネルで充電できるセローが実現したら本当に売れそうですね。
宮崎:間違いなく売れますね。どこへでも行けて、ガソリンスタンドに寄る必要もなく、休憩中に太陽光で満タンにできるなんて夢のようです。そんなバイクがあれば、誰もが旅に出たくなると思います。
そういう意味でも、このアニメの「電動セロー」は本当に面白い発想です。自動車メーカーやバイクメーカーの人たちにもぜひ見てほしいですね。「これを実際に作ってほしい」と思わず願ってしまいます。

――エンジン音や動きについてお話を伺ってきましたが、デザイン面で気になった点はありましたか?
宮崎:原作のパッケージイラストやアニメのトレーラー映像を見ながら、「これは何年式のセローなんだろう」と気になって調べました。お姉さんがキックでエンジンをかけていたり、カラーリングやサスペンションの色から見て、おそらく1989年式のセロー225だと思います。
ただ、シーンによって微妙に違うところもあって、写真資料をもとにモディファイしているのかなとも感じました。細部まで忠実に再現されていて、「この時代のセローだ」とすぐにわかるのがすごいですね。
――2020年まで販売されていた最新モデルとは、やはり見た目が違うんですか?
宮崎:かなり違いますね。最終モデルではヘッドライトが丸くなっていて、デザイン全体もだいぶ変わっています。セローは約35年間にわたって販売されていたので、数年ごとにエンジンや外装が改良されてきました。排気量も最初は225ccでしたが、最後は250ccに拡大しています。そうやって少しずつ進化してきたモデルなんです。
――形式の違いから、作品の時代設定を推測できそうですね。
宮崎:そうですね。もしかしたら終末というのが90年代ごろに起こったという解釈もできるかもしれません。ただ、セローは人気が高く、古いモデルでも価値があるので、あえて旧型を乗り続けている人も多いんです。
バイクは「この年式のこの型がいい」という人が多く、古いモデルのほうが新車より高いこともあります。いわばビンテージバイクのように、プレミアがつく界隈ですね。
――デザインやカラーリングにこだわる人も多いですし、バイクはまさに「相棒」という感じですね。
宮崎: そうです。だから、『終末ツーリング』のもう一人の主役は“セローそのもの”だと思います。
セローはとても軽くて、自転車のような感覚で乗れるバイクなんです。女性ライダーにも人気があり、80~90年代は特に支持されました。だから、お姉さんがセローで登場したとき、「ああ、この人、わかってるな」と思いましたし、ヨーコちゃんが乗っている姿も本当にしっくりきましたね。
――アニメでは後ろに3つのボックスが付いていましたが、あれも現実にできるカスタマイズなんですか?
宮崎: はい。あれは「パニアケース」と呼ばれる装備で、ツーリング用の定番アイテムです。バイクは車と違って収納がないので、遠出する場合は荷物を積む工夫が必要なんです。
セローは旅に向いたバイクなので、各メーカーからさまざまなパニアケースやアクセサリーが出ています。「このメーカーの形が好き」「この色を合わせたい」など、カスタマイズの自由度が高く、「自分だけのセロー」を作る楽しさがあります。
あのアニメのセローも3つのパニアケースを付けていて、それだけでかなりの重量になりますが、それでも軽快に走るヨーコちゃんの姿には感心しました。
――最後に、作品を通して読者へ伝えたいことはありますか?
宮崎: 『終末ツーリング』の舞台になった横須賀や箱根は、実際にもツーリングスポットとして有名な場所ばかりです。ヨーコちゃんたちが旅した場所を目的地に、聖地巡礼をしてみるのも面白いと思います。
アニメをきっかけに、バイクの魅力や旅の楽しさに触れてくれる人が増えたらうれしいですね。
――ありがとうございました!
アニメ『終末ツーリング』は単なるSF作品ではなく、バイク文化への深い理解と愛情が込められた作品であることがわかった。特にヨーコが乗るセローは、その特性を活かした物語設定となっており、滅びた世界を旅するという設定と見事にマッチしていた。バイクの細部の描写や動きの表現にもこだわりが見られ、また新しい視点で作品を見ることができそうだ。











