例えば劇場版『僕とロボコ』は、平凡な少年ボンドとオーダーメイドロボのロボコが繰り広げるドタバタ作品の映画化。基本的に『ドラえもん』的なエブリデイ・マジックを扱う作品のパロディとして設定が組み立てられていることからもわかるとおり、本作はクリシェをメタ化する方向のギャグがその根幹にある。
マルチバースからそれぞれが異なるバックボーンを持つロボコが集結する劇場版では、「ジャンプマンガ」を題材にした、細かなネタをハイスピードで積み上げていくことを徹底した。だからこそ、ジャンプネタの連打の中に、突然放り込まれた『サマーウォーズ』を題材にしたギャグも生きてくる。足を運んだ劇場では、この『サマーウォーズ』のパロディのところで目立って大きく笑い声が起きており、細田守監督作品がジャンプ人気マンガと同じぐらい「常識」の一部となっていることを実感した。
しかし先述のとおり「常識」というのは非常に流動的で、だからこそギャグは難しさをはらんでいる。
『サウスパーク』で知られるトレイ・パーカーとマット・ストーンがスーパーマリオネーションで制作した映画『チーム★アメリカ/ワールドポリス』は、あらゆる常識・良識が載ったテーブルをエイヤとひっくり返すような戦闘的な内容だった。
正義の戦いに巻き込まれて次々と街は破壊され、さまざまな人が死ぬ。人形同士の長いベッドシーン。とまらない嘔吐。非常に攻撃的な作品なので、個人的には初見のときには「笑い」として受け取れず、あらゆるものの価値を否定するニヒリスティックな作品という印象のほうが「笑い」よりも上回ってしまった。そのあたりは、ふたりの前作である『サウスパーク/無修正映画版』(TVシリーズとキャスト変更をした吹替版は本当に困ったものだったが)とは対照的だった。
もちろん『チーム★アメリカ/ワールドポリス』を大笑いできる人もいる。ただ、常識の破壊を追求すればするほど、ついてこられる人とそうでない人の差は大きくなる(このあたりはマンガに詳しい人なら赤塚不二夫の『天才バカボン』がラジカルになっていく過程を思い出していただいてもいいだろう)。ギャグ作品を作るとは、そのような隘路を進むということなのだ。