映画『海辺のエトランゼ』映像だからこそできる「沈黙の時間」の効果ーー監督の大橋明代インタビュー | 超!アニメディア

映画『海辺のエトランゼ』映像だからこそできる「沈黙の時間」の効果ーー監督の大橋明代インタビュー

現在公開中の映画『海辺のエトランゼ』。発売中のアニメディア10月号では、大橋明代監督のインタビュー記事を掲載中。超!アニメディアでは、本誌で紹介しきれなかった内容を含めた長文版をお届けする。

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『海辺のエトランゼ』キービジュアル
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現在公開中の映画『海辺のエトランゼ』。発売中のアニメディア10月号では、大橋明代監督のインタビュー記事を掲載中。超!アニメディアでは、本誌で紹介しきれなかった内容を含めた長文版をお届けする。

『海辺のエトランゼ』ティザービジュアル

何気なくも特別な「日常」を描く


――原作を初めてお読みになった際の印象を教えてください。
 本作は単行本が出たときに紀伊さんから直接いただいて読んだんですが、当時は「知っている人が描いたマンガ」という印象が強かったです。「大好きな紀伊さんの絵がいっぱいだ!」っていう感情が一番大きかったです(笑)。
 今回、改めて「仕事」の視点で読み返したのですが、「日常」の中で様々なことが起きていくことがとっても魅力的だと感じました。単なる日常なのに、紀伊さんの観察眼や物事の描き方によって、スペシャルな画面が生まれていくんです。

――アニメ化に当たって、大事にされたのはどういった部分だったのでしょうか。
 シナリオの段階では、まずキャラクターの感情の流れを改めて追い直す作業をしました。原作『海辺のエトランゼ』の1話は、当初読み切り作品だったのもあって、通して見るとそこで一回終わっている感があるんです。そこで、続編である『春風のエトランゼ』に登場する回想エピソードを入れつつ、1本の作品として見たときにスムーズに見えるように足したり引いたりしています。
 仕事して、ご飯食べて、好きな人とセックスして、という何気ない日常の中でキャラクターの感情が揺れ動く様子がとても魅力的な作品です。はたから見たら大変なことが起きているわけじゃないけれど、その中でキャラクターが救われたり、救ったり、そういう感情の機微が入ってくるので、この作品では「日常」をちゃんと書くことが大事なのかなと思って取り組んでいました。

セル画、イラスト、実写すべてを掛け合わせた映像美


――キャラクターデザインや監修として原作の紀伊先生が参加されていますが、制作中、どういったやり取りがありましたか?
 まず、線の出し方について話をしました。アニメの「線」っていろいろ描き方があるんですが、本作では線が痩せない感じにして、昔のセルアニメのような感じにしたいね、という方向で話がまとまりました。
 シナリオや絵コンテについても、出来次第随時提出してはチェックしてもらって、細かくやり取りをしていました。ことあるごとに「ここはどうしたらいいと思う?」って相談して。迷ったらすぐ相談、という形で進めていました。

――画作りの点で、何かこだわったことはありますか?
 日常をちゃんと描きたいという思いからなのか、描きあがったコンテを見たときに、レイアウトがわりと実写に近い感じにまとまった印象はありました。
 いわゆる「アニメっぽい」、たとえば画面をカッコよく見せるための極端なパースだったり、アニメーションならではの表現よりは、映像として実写っぽい。アニメーションで日常を描く事は果てしないことなので、自分の力不足を感じながらチェックしていました。作画監督以下スタッフのみなさんには迷惑をかけたと思うのですが、それらの積み重ねによって『エトランゼ』の世界観というものが伝わるのかなと思って、もがきながら作っていました。
 モノローグもあまり多用したくなくて……最後の最後に一か所だけあるんですけど、そこくらいは入れてもいいだろうと思って残しています。
 あまり言葉で説明せず、雰囲気や画面の切り取り方、画面全体で何か感じ取っていただけたら良いなと思って、そこを目指して作業しています。本当に果てがない目標ですけど。

――絵はアニメ(セル画)風に、レイアウトは実写風にと、ハイブリットな映像というイメージでしょうか?
 そうですね。さらに美術ボード(背景)については、なるべくイラストっぽい感じが残るように作業してもらっています。紀伊さんが描かれるカラーイラストから抽出するようなイメージです。
 人物は「アニメ絵」に落とし込んで、その代わりに美術は紀伊先生の絵に寄せ、美しい色彩を担ってもらっています。そんな画面を実写ぽく撮ったらどうなるんだろう? というところです。

細かな描写も必見! こだわり抜かれた感情と、猫


――本作では人間だけでなく、猫もいい味を出していますが、特にお気に入りのシーンはありますか?
 猫はすべて猫作監の方が、動きも含めてグレードアップしてくださっているので……もう全部かわいいから見てください!(笑)。

――猫専門の作画監督がいらっしゃるんですか!?
 そうなんです! 四足歩行の生物を描くのはとても難しくて、みんな見慣れている動物なのでちょっとでも違和感があるとすぐに気づかれてしまうんです。本作ではたぶん違和感なく見ていただけるんじゃないかな。これってかなりすごいことで、もう猫作監様様って感じです。

――涙のシーンも印象的です。涙を描く上でのこだわりはありますか?
「泣く」というのは感情が強く出るシーンなので、ともすれば下品に、過剰になってしまう事もあると思うのですが、そういうのがあまり好きではないというか……恥ずかしいので、上品になるように心がけたつもりです。
 感情を爆発させている様子はあまり映さないで、その感情に至るまでをカット割りやレイアウトで積み重ねていけば、泣き顔をはっきり映さなくても伝わるんじゃないか、泣くのは結果であって、過程が大事というか、そちらに重きを置いたほうがいいんじゃないかと思って描いています。
 本作では、人目をはばからずわんわん泣くようなシーンはなくて、自分でも気づかないうちにふいに出てしまった涙が多かったので余計にそういう感じになりました。頬を涙が伝ってしまうと、それで自分が泣いていることに気づいてしまうので、なるべく頬を伝わずにぽろっと落ちる感じにしたくて。下を向かせてぽろっと涙だけ落ちるみたいな。急に感情が溢れて、思わず出てしまった、というふうに見えるといいなと、そういう感じにしています。

『海辺のエトランゼ』キービジュアル

映像だからこそできる「沈黙の時間」の効果


――声優陣はドラマCDからの続投となりました。アニメならではの印象の違いなどはありましたか?
 私からみなさんに「こうしてください」なんていうのは、もうおこがましくて(笑)。声についてはすべて音響監督の藤田亜紀子さんにお任せして、私はお客さんくらいの感覚で聞いていました。
 ドラマCDですとすべてを音で表現しないといけませんが、映像であればかえって「しゃべらない時間」が効いてくることもあるし、そういう点では違いが出てくるのかなと思っています。基本的には駿と実央がずっとしゃべっているので、(駿役の)村田太志さんと(実央役の)松岡禎丞さんのおふたりはかなりお疲れになったんじゃないかな……。

――アフレコで印象的だったシーン、出来事はありますか?
 後半は特にですが、静かな中に感情のMAXがあるんです。息遣いとか、声の大きさ、震え方……私のような素人にはわからない、ものすごい感性と技術が使われているんだろうなと思いました。彼らの声がまったく違和感なく入ってきたので、すごいことだと思いました。
 それぞれで言うと、実央は高校時代の「誰も受け付けません」という閉じた態度と、本来の天真爛漫なテンションとのお芝居のギャップ。駿は、すごい冷たいことを急に言い出したかと思うと、慌ててごめんねって言ったりとか。ひとりのキャラクターの中にたくさんのギャップがあって、それを見事に演じ分けていただいたなと改めて思いました。ファンの方にも、そこは楽しみに見ていただければと思います。

「他人の目なんて関係ない」幸せをつかむためのメッセージ


――改めて、橋本 駿と、知花実央という人物は、どんな人だと思われましたか?
 作中、実央が落ち込んでいるときは駿が他意なく救っていましたし、駿が落ち込んでいるときは実央がさらっと救っていました。お互いに「救ってあげています」という感じがなくて、押しつけがましくない。お互いが日常の会話の中で助け合えているのが魅力だなと思います。
 わざとじゃない分、その行動は心から出ている、本心によるものだと思うんです。どっちかが多くどちらかに寄りかかっている感じもないですし、いい関係だなと思っています。
 人が人を好きになって、ままならない、上手くいかないことって、異性・同性関係なくあることですよね。何か障害があったり、思いがなかなか届かないのは同性に限ったことじゃない。でも、「同性である」というのはとても大きなハードルです。
 紀伊さんの作品には恋をするふたりだけでなく、「他人の目」がきちんと出ているんですよね。「あの子たち男同士で」なんて噂されたりする。そういう、浮世離れしすぎていない感じがあるんです。
 現実、日本人はそういう「みんなと違う」ことに差別感が強い人種ですし、現代でもそういう意識はまだまだある。でも「自分たちが幸せであればいいんだよ、他人からどう見られていたってかまわない」というメッセージが伝わってくる。人間、生きていくうえで、自分が幸せだったらいいんじゃない? というところを語っている作品だと思うんです。そういうところが、ジャンルやカテゴリに集約されることなく、ただただ素敵だなと思っています。

取材・文/遠藤圭子

映画『海辺のエトランゼ』公開中
原作:紀伊カンナ 『海辺のエトランゼ』(祥伝社on BLUE comics)
監督・脚本・コンテ:大橋明代
キャラクターデザイン・監修:紀伊カンナ


(C)紀伊カンナ/祥伝社・海辺のエトランゼ製作委員会
《中筋啓》
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