横浜流星と飯豊まりえの共演で話題の映画『いなくなれ、群青』の劇伴を、アニメ『らき☆すた』のOPテーマ「もってけ!セーラーふく」をはじめ、『涼宮ハルヒの憂鬱』の劇伴で知られる、作曲家/音楽プロデューサーの神前暁が担当。アニメ映画は2017年の『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』などの劇伴を手がけているが、実写映画の劇伴は、2010年の『私の優しくない先輩』以来とのこと。今回の『いなくなれ、群青』ではどのように音楽を作っていったのか、またアニメと実写の違いなど話を聞いた。
横浜流星さんはアコースティックギター ーーまず、映画『いなくなれ、群青』をご覧になった印象は?
非常にきれいな映画だなということが、一番の印象です。映像が美しいのはもちろん、ストーリー的にも思春期のキラキラとした部分だけでなく、誰もが持っているような傷などのザラッとした部分までも、とても美しく描いていて。いい意味でアートの香りのする、とても美しい作品だと思います。
ーー普段はアニメを手がけることの多い神前さんが、実写を手がけるという部分で、プレッシャーはありましたか?
そうですね。音楽は、映画の佇まいを決めてしまうものなので、たくさんのスタッフが関わって作られているものを、後から音楽で台無しにするわけにはいかないですから。
ーー時間が止まっているような感覚のある作品で、映像の美しさに神前さんが手がけた音楽が非常にマッチしていると思いました。音楽を作る上で意識したのは、どういうところですか?
物語の舞台となる“階段島”は、夢なのか現実にあるものなのか、全体的にあやふやな雰囲気が漂っていて、ストーリーもミステリーかと思いきやファンタジーっぽいところもあって。そういった全体に漂う、どこか掴みどころのない雰囲気を、まずは音楽で捉えようと思いました。
ーーそれが、ピアノとストリングスをメインにした静かな音楽。
この全体にふんわりとしたきれいな世界を描くには、大規模なオーケストラではなくて、ピアノやストリングスによる室内楽的な小規模編成が合うと思いました。あとは電子音も使っていて、そこでこの不思議な世界を音で描けたらと思いました。
ーー確かに、ドラムとかエレキギターとかは出てこなかったですね。
まったく出てきません。いわゆるアニメで流れているような、日常で耳にするような音をあててしまうと、作品の描き方とはズレてしまうと思ったので。そこはアニメと実写との、文法の違いなんだと思います。実写は映像の情報量が非常に多いので、メロディで雄弁に語ったり、記号的にコミカルさを出したりすると、そっちに意識が向かってしまいます。それよりは一歩後ろに引いて、観ている人はまず映像に目が行って、意識しないなかで音楽が流れているくらいの距離間を目指しました。
ーー監督は柳明菜さんという女性監督ですが、実際にお話を?
最初の顔合わせから、何度もお話をさせていただきました。「このシーンにはこういう音楽がほしいです」と、監督が参考曲を持ってこられたり、逆に僕から「こういう音楽はどうですか?」と提案させていただいたこともあって。お互いのイメージをすり合わせるために、具体的なお話をたくさんしました。実際に曲を作り始めてからも、少しでもイメージのズレがあればお会いして話をして、可能な限り監督の意図をくみ取れるように心がけました。
ーー監督からの言葉で、印象に残っているものはありますか?
柳監督は、言葉より映像で伝えるタイプだと思うんですけど……打ち合わせで、屋上で七草(横浜流星)とナド(黒羽麻璃央)が会話をするシーンがあって、そこはとてもこだわっていらっしゃって。「男の子の青春を美しく描きたい」といったようなことをおっしゃっていました。基本的には七草と真辺(飯豊まりえ)の関係性がメイン軸になるのですが、どのキャラクターも立っているので、それぞれの関係性をしっかり描きたいんだなと思いました。
ーー実写映画の場合は、どの段階で音楽を付けていくのですか?
最初は台本と原作を読みながらイメージを膨らませはじめているんですけど、撮影が終わってラッシュと呼ばれるあらく編集したものを観させていただいて、そこから具体的な作業に入っていきます。アニメの場合は、最後にならないと映像ができあがらないので、脚本や絵コンテ、設定などを元にして、映像制作と並行して作っていくことが多いですね。実写の場合は、映像があるということが大きなインスピレーションに繋がります。実写の映像は、やはり情報量がとても多いですから、短い映像からでも得られるものは多いですね。
ーーアニメだと、シーンだけでなくキャラクターごとのテーマ曲があったりしますが、そういうものはありましたか?
今回は、キャラクターごとにはつけていないです。メインテーマ的なものをいくつか作って、それを変奏することでシーンの関連性を持たせたりはしています。たとえば冒頭で、七草が海岸で真辺を見つけるシーンで流れるものがそうで、そこはタイトルロゴが出るシーンでもあるので。ただ、そこまで強くテーマを展開しているわけではないです。シーンごとにベストな音楽を書いていった感じですね。
ーーもしも七草を演じた横浜流星さんにつけるとしたら?
そうですね……僕はキャラに付けるときは、まずどういう楽器が合うかを考えるんです。それで言うと横浜流星さんは、繊細かつワイルドさを持っているのが魅力だと思うので、今回はほとんど使っていないんですけど、アコースティックギターでしょうか。そういうセクシーな魅力があるので、絶対合うと思います。それにしても七草役が、とてもハマっていてすごく良いなと思いました。横浜流星さんに抱いていたこれまでの印象とはまた少し違った、新境地と呼べるキャラクターになったんじゃないかと思います。観る人の想像力をかきたてるお芝居でした。
ーー飯豊まりえさんが演じた真辺由宇は、逆に元気でまっすぐでした。
真辺はまっすぐ過ぎて、痛々しいくらい真っ直ぐです。思い返すと「こういう子、クラスにいたよな」って。物語のなかでは、委員長の水谷(松本妃代)がだいぶ引いたキャラクターでしたけど、現実には真辺みたいな子が委員長になるんじゃないかな。彼女は、やっぱりピアノです。非常に理性的な芯の強さがあると思います。
ーーでは、『いなくなれ、群青』の劇伴の注目ポイントは?
僕は、あまり劇伴に注目して観てほしくないと思っています。まず映画として入って、そこで感じるものがあればいいなと。音楽を意識されたとしたら、それは劇伴として失敗だと思っていて。それはきっと作品と溶け合ってなくて、音楽が悪目立ちしている状態だと思うんです。なので基本的には、劇伴は意識せずに観てほしいです。
気分転換は寝ること
ーー普段アニメの劇伴を多く手掛けられていますが、今回のように実写ものを担当するのは、どういう感覚ですか?
すごく面白いですし刺激になります。それに長くアニメをやっていたので、実写に対する憧れもあって。今回実写映画は9年ぶりですけど、いい機会をいただけたと思っています。
ーーアニメと実写のいちばんの違いは?
先ほどもお話しましたが、映像の情報量の違いで、音楽を前に出すか後ろに引くかですね。基本実写は引いたほうが合うんですけど、ここぞというところで前に出したときの、映像との戦い方があって。それは作っていてゾクゾクします。『いなくなれ、群青』では、後半がたたみかける感じで物語が展開するんですけど、そこはだいぶドラマチックな音楽を当てています。ずっと引いていたものが急に前に出てくることの爆発力が、そのシーンの展開とマッチしたと思います。
ーー作るときはどういう楽器を使いますか?
だいたいデモは、鍵盤をコンピュータに繋いで作っています。実写のときは抽象的な音を使うことを多いです。ピアノですとかトランペットですといった明確な音ではなく、何かよくわからないけど明るく聴こえる音とか、何かやさしげな音とか、メロディや和音にいく前の段階で、音色で聴かせるということが、特に最近の実写では多いです。
ーーアニメでは使わない音色をたくさん使うわけですね。
アニメの場合は、音を薄く敷いてしまうと、演出意図がぼやけてしまうことが多いんです。実写は映像に力があるので、単なる顔のアップでも成立しますが、アニメは単なる止め絵になってしまうので、そのぶん音楽で補強してわかりやすくする必要があります。
ーー映画は、登場人物たちが階段島というところで、それぞれの失くしたものを見つけます。神前さんが、音楽活動で見つけたいと思っているものは?
好きなことを見つけたいです。ものを作るときのモチベーションはいろいろあるんですが、だんだん年齢を重ねると、好みが純粋になっていって、「これが好きだから作る」というものに絞られていってしまうんです。若いときは「これをやってみよう」とか、勉強のつもりでとか、いろいろなモチベーションで作れるのですが、だんだん心が動くものが減っていってしまうんです。だから、心が動くものをたくさん見つけたいです。
ーー刺激のようなものですか?
そうですね。旅行に行ったり美味しいものを食べたり、映画を観たり音楽を聴いたりとか。そういう刺激をたくさん受けて、「これ好きだな」と思うものを見つけたいです。
ーー気分転換はどうされていますか?
寝ることですね。寝るのって、けっこう大事なんですよ。行き詰まって近視眼的になっていくと、客観性がなくなって、自分が作ったものの善し悪しの判断がつかなくなるんです。だから一旦寝て、忘れたころに聴き返すと、正確にジャッジができるんです。特に僕は、曲が降りてきて作るタイプではなくて、手を入れて、こねてこねて作って行くので、袋小路に入り込んでしまうことが多くて。そんなときに、一旦寝てリセットすることが大切になります。
ーーアニメだと、けっこうハイテンションな音楽も数多く作られてきましたけど。
全部、真顔で冷静に作ってます(笑)。
ーー今後手がけてみたい作品は?
アニメでも実写でも、いろんなジャンルを手がけてみたいです。激しいバトルものはあまりやったことがないし、和物や時代劇とか。意外とまだやったことのないジャンルは多くて。それもきっと新しい刺激になると思うんです。「どうしようかな〜」って悩みながら作らなければいけないような仕事に、とても興味をそそられます。次にどんな作品を手がけるか、僕も楽しみにしていますし、みなさんもぜひ楽しみにしていてください。
「いなくなれ、群青」
9月6日(金)公開
監督:柳明菜 脚本:高野水登 音楽:神前暁
出演:横浜流星、飯豊まりえ、矢作穂香、松岡広大、松本妃代、中村里帆/伊藤ゆみ、片山萌美、君沢ユウキ、岩井拳士朗/黒羽麻璃央
配給:KADOKAWA/エイベックス・ピクチャーズ
取材・文/榑林史章
©河野裕/新潮社 © 2019映画「いなくなれ、群青」製作委員会