無期懲役囚の老人「阿久津」と、彼の話し相手となる「ホウセンカ」。奇妙な2人の回想は1987年へと遡り、壮大なる“愛の逆転物語”へと繋がる……!
怒涛の展開で話題になったTVアニメ「オッドタクシー」。その「オッドタクシー」を手がけた木下麦さん(監督・キャラクターデザイン)と此元和津也さん(脚本)のコンビが再びタッグを組み、愛情あふれる劇場作品を完成させました。
おもな登場キャラクターは、しがないヤクザの「阿久津実(あくつ みのる)」、彼と生活を共にする“家族未満”の「永田那奈(ながた なな)」、生まれたばかりの那奈の息子「健介(けんすけ)」。そしてその疑似的な“家族”をサポートする、阿久津の兄貴分の「堤(つつみ)」。
土地転がしのシノギに成功して羽振りがよくなった阿久津ですが、その生活はある状況によって一変してしまいます……。はたして彼はその逆境をどのように逆転させるのか?
「退路を断ったもんだけに大逆転のチャンスが残されてんだよ」
本稿では「ホウセンカ」監督の木下麦さんにインタビューを実施。本作が作られた経緯とその魅力、さらに監督が描こうとした“美しい物語”についてお届けします。
今の時代にあえて挑戦した、まっすぐに描く潔い「愛の物語」

――前作はテレビシリーズの「オッドタクシー」でしたが、今回は劇場作品の「ホウセンカ」です。劇場作品になった経緯を教えてください。
木下麦(以下、木下):「ホウセンカ」でプロデューサーを務める松尾亮一郎さんとは、以前から「一緒に作りましょう」という話をしており、今回それが叶った形です。
当初は松尾さんと「短編のオリジナルアニメで」と話を進めていましたが、此元和津也さんに脚本をお願いしたところ60分ほどのボリュームとなり、それを映像にするなら映画がいいだろうという話になりました。
――もし短編であがってきていたらネット配信のような公開形式もあったわけですね。
木下:あったと思います。
――終身刑になった元ヤクザがホウセンカに話しかける形で30年前の1987年当時を振り返ります。このストーリーはどのように考えられたのですか?
木下:まだ短編のオリジナルアニメでやろうとしていた時に、僕の方であらかじめ考えていた原案となるアイデアを5案ほど此元さんに見ていただき、その中で描きやすい題材として「終身刑になった元ヤクザと喋る花」のアイデアを選んでもらいました。それから此元さんとブレストして肉付けしていくような形で大元の舞台設定など決めていきました。

――1987年がおもな舞台ですが、この時代にしたのは何か理由があったのですか?
木下:ホウセンカは、パーンとはじけながら種を遠くまで飛ばします。そこから「はじける」をキーワードに、花火、ひとりの男の人生……と考えていくうちに候補に挙がったのが「バブル時代」でした。
ある程度ブレインストーミングをして、此元さんが「書けそう」となったらあとはお任せしていました。一度筆を走らせたら介入はしないようにしています。パズルのように緻密に構成された物語を書かれるので、変に横槍を入れるとリズムが崩れてしまうんです。そこは信用しています。
――上がってきた脚本をご覧になっていかがでしたか?
木下:脚本の精度が凄く高いなと思いました。「オッドタクシー」ではコメディの要素が強めですが、今回はコメディの要素は少なめで、正面から愛の物語を描いたのがすごく潔く感じました。それに今の時代、純真に真っ直ぐ愛の物語を描くのは挑戦的で素敵だと思いました。やはり新しい作品を作るなら新たな挑戦をしたいですよね。
――たしかに、しっとりと包み込むようなトーンが印象的でした。その一方で、劇中で提示された要素が次々と組み合わさっていく感じは「オッドタクシー」と同じ爽快感があります。
木下:やはり脚本の力ですよね。淡々としているようで展開は目まぐるしい。事前に布石を置いて最後に全部を丁寧に拾っていくのですが、その辺の手際の良さがすごく上品で気持ちが良い。そこが脚本の力であり、此元さんの大きな魅力だと感じています。
時代背景や登場人物の心情を表現する、アイテムと音楽の組み合わせ

――ハッピーエンドではあるんだけど「別の幸せもあったのでは?」と思わせるような余地もあり、本編を拝見して一晩経った今でも余韻に浸っています。ちなみに本作の時代設定は1987年ですが、監督はまだその頃って生まれてないですよね。
木下:生まれてませんね。ですから色々と調べました。
――80年代にはどんなイメージがありますか?
木下:世の中の変化に人々が浮き足だっていたようなイメージです。
――時代描写にも注目して拝見していたのですが、個人的にタバコを吸うシーンに80年代を感じました。
木下:阿久津と那奈が暮らす部屋に堤がやってきて、そこでタバコを吸い始めるシーンですね。確かに当時は喫煙者の数が多く、どこにでも灰皿があった時代だと思います。

――タバコの使い方で時代が分かるのと同時に、堤がくわえた煙草に阿久津が火をつけるところで上下関係が分かったり、路上喫煙する手下に対して「吸殻を捨てるな、迷惑になるだろう」と注意するシーンで「堤って意外とカタギの人のことを考えてるんだ」ということが分かったり。やはりタバコという小道具ひとつでそこまで説明ができるのは凄いと思いましたし、描写がていねいで素敵でした。
木下:ありがとうございます。スタジオでも、20代前半の若いスタッフが「部屋の中でタバコを吸うのに違和感があります」と言っていたのが印象的でした。でもそういう時代だったんですよね。
――あとは「スタンド・バイ・ミー」の楽曲が劇中で効果的に使われていて、個人的にあそこで一気に80年代を感じました。
木下:「スタンド・バイ・ミー」は此元さんからのリクエストです。時代性もありますが、みんなが知っている名曲ということで作品に大衆性をもたらす役割もあります。
――音楽と言えば、髙城晶平さん、荒内佑さん、橋本翼さんによる音楽ユニット「cero」が音楽を担当されたのはどういった理由からだったのですか?
木下:「ホウセンカ」は無期懲役囚の阿久津が回想する、たった一晩の物語でもあります。そのため作風に合う「夜の静けさ」「神秘性」「壮大さ」が欲しく、穏やかだけど壮大で神秘的でもある「cero」さんの音楽が合うんじゃないかと思いました。発注に際しては、コンテも見てもらい、中身を理解してもらってから「このシーンに音を当ててください」とお願いしました。
映画を通して気が付く美しきもの「人は、ただ生きているだけで価値がある」

――阿久津はいわゆる「ヤクザ」ですし、「オッドタクシー」でも裏社会が絡むストーリーでした。なぜ「ヤクザ」なのですか?
木下:もともと北野武監督が描くヤクザ映画が好きなんです。彼らは好戦的ではなくただ淡々と生きていて、でも立場上仕方なく巻き込まれる側になってしまう、そんな世の冷たい現実を描いた感じが好きですね。映画に登場する彼らは夢もなければ目標もなく、何か大きなことを成し遂げるような存在でもありません。
今は「何かを成し遂げなければいけない」「何者かにならなければいけない」みたいな時代の雰囲気を感じますけど、僕はそうではないと思うんです。人は、ただ生きているだけで価値があります。だからこそ社会から外れてしまった人にフォーカスを当てたいと思い、今回はそれを「しがないヤクザ」で表現しました。
――キャラクターとしての「ヤクザ」というより、その背景にあるものに魅力を感じているのですか?
木下:そうですね。
阿久津は完璧な人間ではありません。失敗もします。社会の循環から外れています。しかし視点を変えれば何てことのない人生も美しい部分もあります。尊いんです。僕の作品を観てそういった視点を持ち、少しでも勇気をもってもらえたら嬉しいですね。

――「ホウセンカ」という作品をひと言で表すとしたら、どんなキーワードを思い浮かべますか?
木下:「美しい映画」です。ビジュアルの美しさ、人間の行動の美しさ。なんでもいいんです。この映画を観て、葉っぱの美しさでも、空の青さでも気づいてもらえたら。
物質的なもの以外でも、気持ちの美しさや、誰かに愛情を伝えることの大事さが、この作品の美しい部分だと思います。美しくて良い映画というのは自信を持って言えます。
――劇場で観るなら誰と観てほしいですか?
木下:家族ですね。恋人とも見てほしいです。
――それでは最後に読者へメッセージをお願いします。
木下:音響にもこだわっているので、日常シーンの何でもない効果音にも耳を傾けてみてください。たぶん劇場でないと気づかないような効果音や細かな音がいっぱい聞こえてくると思います。
そしてぜひ、美しい愛の物語をご覧ください。

映画『ホウセンカ』本編冒頭7分映像
<映画「ホウセンカ」公開情報>
10月10日(金)公開
【CAST】
小林薫、戸塚純貴、満島ひかり、宮崎美子、安元洋貴、斉藤壮馬、村田秀亮(とろサーモン)、中山功太、ピエール瀧
【STAFF】
監督・キャラクターデザイン:木下麦
原作・脚本:此元和津也
企画・制作:CLAP
音楽:cero(髙城晶平、荒内佑、橋本翼)
演出:木下麦、原田奈奈
コンセプトアート:ミチノク峠
レイアウト作画監督:寺英二
作画監督:細越裕治、三好和也、島村秀一
色彩設計:のぼりはるこ
美術監督:佐藤歩
撮影監督:星名工、本䑓貴宏
編集:後田良樹
音響演出:笠松広司
録音演出:清水洋史
制作プロデューサー:伊藤絹恵、松尾亮一郎
宣伝:ミラクルヴォイス
配給:ポニーキャニオン
製作:ホウセンカ製作委員会
◼︎『ホウセンカ Original Soundtrack』Cero
劇中の美しい場面には必ず美しい音色が寄り添い映画を彩る。映像だけでない音楽の魅力にも注目したい。
(C) 此元和津也/ホウセンカ製作委員会
【映画『ホウセンカ』公式HP】









