GPSデータも駆使して描く、説得力あるアニメの背景美術の作り方――アニメ映画『ブルーサーマル』が完成するまで「第七回:美術監督」 | 超!アニメディア

GPSデータも駆使して描く、説得力あるアニメの背景美術の作り方――アニメ映画『ブルーサーマル』が完成するまで「第七回:美術監督」

 映画『ブルーサーマル』が作られる過程をお届けする連載企画第七回。今回は美術監督の山子泰弘さんにインタビュー。

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『ブルーサーマル』場面カット (C)2022「ブルーサーマル」製作委員会
  • 『ブルーサーマル』場面カット (C)2022「ブルーサーマル」製作委員会
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  • 『ブルーサーマル』場面カット (C)2022「ブルーサーマル」製作委員会
  • 「ブルーサーマル」ポスタービジュアル (C)2022「ブルーサーマル」製作委員会

 空に恋をした大学生の青春を描く、映画『ブルーサーマル』がいよいよ公開。超!アニメディア編集部では、その制作現場に密着している。連載第七回となる今回は、背景美術のまとめ役・美術監督の山子泰弘さんを直撃!

 抜けるような青い空、眼下に広がるリアルな街並み……グライダーから見た景色を緻密かつリアルに再現した背景美術は、本作の大きな魅力にして注目を集めている。それらがどうやって作られているのか、教えてもらった。


映画『ブルーサーマル』美しい背景の秘密に迫る【画像クリックでフォトギャラリーへ】

実際の場所の空気を、地道に、丁寧に再現

――まずは山子さんが映画『ブルーサーマル』で担当される美術監督がどういうお仕事なのか、教えてください。
 
人によって多少違うとは思いますが、大まかに言うと「たくさんの人で背景作業する中で、方向性がずれないように調整をする仕事」だと思います。まず監督とやり取りをして作品全体の美術の方向性を決め込んで、設定や美術ボードという見本となるものを作成し、それをもとに描き手の皆さんに背景を描いてもらって、上がりを調整するという感じですね。

――作品全体の背景美術を統括する立ち位置なんですね。
 
かっこよく言うとそうなるかもしれません(笑)。ただ、途中からは打ち合わせとか、事務的な作業も多くなっていきます。あと、設定や美術ボードも全部一人でやりきるというわけではなく、いろんなスタッフと一緒に作業をしています。

――映画『ブルーサーマル』では埼玉県の妻沼や長野県の霧ヶ峰、岐阜県の木曽川など実在の場所が多く出てきますね。それらはロケハンに行かれたんですか?
 
妻沼、霧ヶ峰、木曽川、全部行きました。霧ヶ峰と木曽川は1回ずつ、妻沼は2回行っています。僕はその回数だけですが、それとは別に制作の方が資料写真を撮りに行ってくれたりもしていましたね。
『ブルーサーマル』は、空や滑空場が作品の主な舞台になっていますが、滑空場のようなだだっ広くて、ものがほとんどない場所って見せ方を工夫しようがないから、実は背景として一番描きにくいんですよ。でも、実際にはないものを加えて派手にしようとすると途端にウソっぽくなってしまいます。だから本作では、変に手を加えるのではなく、実際の空気を地道に、丁寧に、再現することを重視していました。そのためにロケハンで得た資料は大いに参考になりました。

――ロケハンの思い出を教えてください。
 
作中で妻沼にある訓練所が登場するのですが、それは2回目に妻沼に行った際にスタッフみんなで手分けをして全部屋寸法を測定し、建物まるごと3Dモデルを作成しました。作中でもっとたくさん登場するだろうと思っていたのですが、結局あまり登場機会がなくて、個人的にはちょっと残念でしたね(笑)。
 あと、ロケハンに行ったのは夏真っ盛りで。滑空場は遮蔽物がないので、本当に暑かったです。木曽川では劇中に登場する建物の中も見せてもらったのですが、ちょうど人がいないときだったので窓も全部締め切っていて。ヘロヘロになりながら写真を撮ったり、建物の内部を測定したりしていました(笑)。新型コロナウイルス感染症の影響もあり日帰りだったので、時間的にもタイトで、楽しい旅行気分とはいきませんでしたね。

――滑空場や建物はロケハンで資料を集められたと思いますが、グライダーから見た地上の景色などはどうやって描かれているんですか?
 
作中のグライダーがどう飛んでいるのか、副監督の土屋康郎さんにルートを作ってもらい、滑空場の3DモデルやGPSデータをもとに「このカットならこのアングルが見える」というのをある程度割り出して描いています。だから、「本当はこんなところにこんなビルはない」みたいな、現実の風景との大きな齟齬はないはずですね。実際にグライダーでその場所を飛んだことがある人にも、そのときの景色を思い出してもらえたらうれしいです。

――GPSデータまで使うんですか⁉ ものすごいこだわりですね。
 
いやいや、逆に、それを使わないほうが難しいんですよ。

――そうなんですか?
 
グライダーに乗ったことがない描き手にとっては妻沼の地形がどうなっているのかわからないですし、高度だってピンとくるものではありません。数カットだけとか、ほんの短い尺であれば「それっぽい感じ」でごまかすこともできますけど、今回はグライダーが中心の物語と言っていいほどにグライダーシーンの尺が長いので、適当にやるとどんどん辻褄が合わなくなるんです。まず枠組みを作らないことには、絵がうまい・下手以前の問題として、誰も作業できないんですよね。

――なるほど……! ちなみに、『ブルーサーマル』は実際にある場所がモデルになっているからロケハン資料を参考にできますけど、異世界が舞台のファンタジー作品の場合などはどうしているんですか?
 
ファンタジーだからと言って何も調べずに描くということはないですね。作品にもよりますけど、ロケハンに行くこともありますよ。たとえば「あのお城をイメージしています」と言われたらそこに見に行ったり、「このハリウッド映画のような感じ」などとイメージを伝えていただいたならそれを調べたり。もちろん、何を調べたかすぐにわかるような形にはしませんけどね。
 ファンタジーの場合は、実際にモデルがある場合よりもある程度ごまかしが利きますが、「だから適当でもいい」なんてことはまったくなくて。観ている方が自然に物語に入るには、ある程度説得力がないといけないんですよ。「背景が気になって話に入っていけない」みたいな違和感を抱かせないよう、整合性や描き込みが必要になるのは、実際の場所をモデルにする作品と変わりありません。


空の美しさはもちろん、グライダーから見える景色(背景)にも注目だ


実際にグライダーで飛んだことがある人は見覚えがあるかも?

スタンダードはないけど流行りはある、背景美術の難しさ

――さて、山子さんが考える、テレコム・アニメーションフィルムの魅力を教えてください。
 
強いて言うなら、弊社の美術部では、どのスタッフもみんな、同じような仕事をしているということでしょうか。誰かが見本を描いて、ほかの人は仕上げだけをやって……みたいに分担したり、誰かに作業が偏ったりするのではなく、スタッフそれぞれが美術ボードを描けるようになっています。
 あとは、宮川淳子さんや佐野詩織さんといった3Dレイアウトを担当してくれる方がいるので、その方たちとやり取りを重ね、フィードバックしながら進められる体制があること。3Dの部署もありシステム面でもフォローしてくれます。
 また、制作会社なので、演出さんや制作さんとやり取りをしやすいことですね。特に『ブルーサーマル』では専門的なことも多く、背景だけではよくわからないこともあって。そういう部分で情報を共有しやすかったのは、非常によかったと思っています。

――美術をやられて、難しさを感じるのはどんなときですか?
 
時間と技術が足りないことがもどかしく感じることはありますね。自分の力不足を実感したり、もっと時間が欲しいと思ったり。それから、背景美術の手法には決まったやり方があるようでないことも、難しさの一つだと思います。技術も道具も日々どんどん変わっていきますから、一つのやり方に固執していると、だんだん仕事がうまくいかなくなっていくんですよ。「これさえやっていればいい」みたいなスタンダードはないですね。

――以前のインタビューで谷野美穂さんも「絵の流行りがある」というお話をされていましたが、美術にも流行りがあるということですか?
 
あると思います。もちろん、流行りの影響はキャラクターのほうが大きいとは思いますが。アニメって特許みたいなものがないので、誰かがやったことに業界全体が常に影響を受けているんです。例えば、ある劇場作品がものすごく緻密な背景で話題を集めたら、「TVシリーズでもそういうものが欲しい」という要望が出るようになったり。それも一つの流行りですよね。職業である以上、ある程度はトレンドに乗ったものも提供できないと、必ずどこかで行き詰まると思います。それは背景美術の話に限らず、どのジャンルでもそうではないでしょうか。
 ただ、それが必ず正解であるというわけでもなくて。監督の志向や意図と合わなければ「そういうのじゃない」と言われてしまいます。ケースバイケースなので難しいですよね。


谷野さんがキャラクターデザインを担当した主人公・都留たまきと空

――スタンダードはないけど、流行りはある……すごく難しい業界ですね。
 
絵の具を使って手描きでやっていた時代は、スタンダードもあったんですよね。「●●さんの流派」みたいな。でも、技術が進化し、道具のバリエーションが増えたことで、今は何をやってもありという感じです。例えば、3Dからの情報を2Dに持ち込むなど、いろんなことができるから、それに伴ってスタンダードもなくなっていきました。
 ただ、背景美術は一人でやるわけではないので、いくら自分が高みを目指しても、それを描き手の人たちに受け入れてもらえるか、というのも考える必要があるんですよね。新しいやり方を試したところで、人数が増えれば伝言ゲームのように正確に伝わらなくなっていくので。そのあたりの調整が、最初にお話しした美術監督の仕事でもありますね。

――では逆に、美術をやられて達成感を感じるのはどんなときですか?
 
僕たちは誰かに喜んでもらう仕事なので、まずは監督や演出さん、制作さんといった一緒に作業している身近な方々に喜んでもらえたときはやっぱり満足感がありますね。あとは、背景を描いていた人に「大変だったけど、やってよかったね」と思ってもらえたとき。そこから、作品を観た方の「いい作品だった」という感想につながってくれたらうれしいです。

――ありがとうございました。それでは最後に、読者へメッセージをお願いします。
 
映画『ブルーサーマル』では、地道にロケーションを再現しているので、実際にグライダーで飛んでいるような景色を目指して制作しています。劇場で体感してくださると幸いです。


一度作品をご覧になった方も、背景に注目してみると新たな発見があるかもしれない

取材・執筆/後藤悠里奈

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アニメ映画『ブルーサーマル』
2022年3月4日(金)全国公開
出演:堀田真由 島﨑信長 榎木淳弥 小松未可子 小野大輔
   白石晴香 大地葉 村瀬歩 古川慎 高橋李依 八代拓 河西健吾 寺田農
原作:小沢かな『ブルーサーマル ―青凪大学体育会航空部―』(新潮社バンチコミックス刊)
監督:橘正紀 脚本:橘正紀 高橋ナツコ
アニメーション制作:テレコム・アニメーションフィルム
製作:「ブルーサーマル」製作委員会
配給:東映

(C)2022「ブルーサーマル」製作委員会

《M.TOKU》
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