2026年9月11日、アメリカ同時多発テロの発生から25年を迎えました。四半世紀という大きな節目に、国内外のテレビニュースでも改めて大きく報じられ、当時の映像や証言を目にした人も多かったことでしょう。しかし、どれほど年月が流れても、あの日の衝撃と悲しみが色あせることはありません。
その日、世界は生中継のテレビ報道を通じて大きな衝撃を受けました。9.11――アメリカ同時多発テロです。ハイジャックされた2機の旅客機が、ニューヨークのワールドトレードセンターを構成する2棟の超高層ビルに次々と突入し、南棟、北棟ともに崩落させたのです。
筆者も帰宅後、何となくつけたテレビ番組の中で、煙を上げるワールドトレードセンターを見て「今日、この時間(23時頃)って何か映画やってたっけ?」と思い、「でも映画にしては画角が固定だし安っぽい映像だな」と感じたのをよく覚えています。そしてそれがリアルタイムのニュース映像だと知った後、しばらくして北棟が崩落しました。
◆公開停止になった映像と、漆黒の『スパイダーマン』

当時はサム・ライミ監督、トビー・マグワイア主演の『スパイダーマン』が話題になっていた頃。それまでのスパイダーマンの実写作品と言えば、日本では東映版『スパイダーマン』、アメリカでは1977年放送のドラマ版『アメイジング・スパイダーマン』しかなく、CGIによって映像化された“原作に忠実”なスパイダーマンは、公開前から大きな注目を浴びていました。とくにビルの谷間をスイングするという、CGIならではの映像表現に「まさか!」と衝撃を受けた人も多かったはず。
しかしアメリカの劇場でティザー映像が流れ始めた頃に9.11が発生。ワールドトレードセンターの南棟と北棟の間に巨大なくもの巣を張り、そこへ逃走中のヘリコプターを追い込む内容だったことから、この映像は公開停止を余儀なくされました。もちろん映画本編も対応を迫られることとなります。

本稿で紹介するアメコミリーフ『AMAZING SPIDER-MAN #36』が出版されたのは、その深い悲しみが続いていた2001年11月14日のこと。「9.11追悼号」として店頭に並んだ同号のカバーは漆黒に塗りつぶされ、本編では9.11の惨劇に直面したマーベルキャラクターたちの思いがつづられていました。
日本では、それから遅れて2003年4月、新潮社が発行した「アメコミ&ムービー・スーパーガイド」の綴じ込み付録として翻訳版が登場。当時のアメコミ映画ラッシュで話題を呼んでいた『X-MEN2』『デアデビル』『ハルク』『スパイダーマン2』の最新情報とともに紹介されました。
9.11から四半世紀を迎えた今、スパイダーマンはあの悲劇に何を思い、読者へどのような言葉を届けたのでしょうか。本稿では、「9.11追悼号」として今なお語り継がれる同エピソードの内容を振り返ります。
◆ドクター・ドゥームさえ涙した未曽有の惨劇

緊急ニュースからスタートする本エピソードは、たった今崩落したばかりのワールドトレードセンターを見下ろし、「何てこった……」と頭を抱えて絶句するスパイダーマンの見開きページで幕を開けます。そんな彼に対し、押し寄せる猛烈な煙から逃げ惑う人々は、感情を高ぶらせながら言い放ちます。
「どこにいたんだ」「今頃来ても遅いのよ!」と。
普段、宇宙からの危機や異次元からの侵略者と戦うヒーローたちですが、本当の危機に際しては無力すぎるほど無力です。それはヒーローたちの壮大な物語を紡ぎ、つねに読者に希望を与えているつもりのクリエイターも同じこと。クリエイターとヒーローの視点がひとつとなり、まさに読者に対して贖罪や自責の念を表したような、ある種の心の叫びを思わせるひとコマとなっていました。
作中ではその後、消防士や救急隊にまじってガレキを持ち上げ、生き埋めになった人々を救うキャプテン・アメリカ、ソー、ザ・シング、デアデビルらの姿が。しかしそこにあったのは“無敵の超人”の姿ではなく、ひたすら腕力だけで仕事をする泥臭い姿です。
その惨状に、普段はためらいなく悪事を働くドクター・ドゥーム、マグニートー、キングピンらも立ち尽くしていました。彼らにも言葉はありません。ガレキの中心でただ茫然と周囲の惨状を見つめるのみ。ドクター・ドゥームに至っては、この「間違った現実」と罪なき犠牲者を思い、静かに涙を流していました。
同号ではヒーローの無力さを描くと同時に、ヴィランのリアクションを通じて「テロ行為は、ヴィランさえ非難する、決して許せない行為だ」ということを描いていました。まさに夢から醒めたような気分です。これまで何らかの役に立てていると思っていたフィクションの世界が、悲劇に飲み込まれて一切の“魔法”と価値を失っている。そう感じずにはいられません。
◆スパイダーマンが見いだした“本当のヒーロー”

その後、物語はいったん、ヒーローたちを離れて“現実の人々”を描きます。爆発に巻き込まれたと思われる半壊した消防車には鎮魂の花束が。混乱した現場では斧を手に捜索を続ける消防士たちがいます。中には仲間を失ったのか、沈んだ表情でうなだれる消防士や、国葬される隊員も……。
スパイダーマンは思います。
コスチュームを着てスーパーパワーを持つ者がヒーローではなかった。本当のヒーローとは、特別なパワーもないのに、恐れず炎に立ち向かう人々や、生還できる保証がないのに犠牲者を救助して回る人々のこと……。普通の人々が抱く思いやりの気持ちと勇気こそが大切で、それらを発揮できる人々が真のスーパーヒーローなのだと。
そして“仕返し”が悪であることを強く心に刻み、これからも共に手を取り合いながら歩んでいこうと、読者にエールを送りながらエピソードを終えました。
◆四半世紀を経ても響く「親愛なる隣人」の言葉

マーベル・コミックの長い歴史の中でも、現実の事件をこれほど直接的に扱ったエピソードは異例です。しかもそれをスパイダーマンがリードする形で読者に寄り添いました。
スパイダーマンといえば、ただのヒーローではなく「親愛なる隣人」です。その部分にもっとも注目したアンドリュー・ガーフィールド版の『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ2作でも、ニューヨーク市民が自分たちで困難を乗り越えようとする姿を描くことで、他のどのヒーローよりも“みんなに近い存在”であることを表現しました。
そんな彼の言葉だからこそ心に響き、今なお名作として語り継がれているのでしょう。「みんなで助け合う」という状況はなにもアメリカだけではありません。騙すことが一般的になり、“ズル”をしてでも利益を得ようとする人が目立つ昨今、「優しさと勇気を持った普通の人々こそが真のヒーローである」というメッセージは忘れたくないものです。
現在、該当エピソードの翻訳版は入手が難しく、古書店や中古市場などで探す必要があります。一方、英語版の原書は海外の電子書籍ストアなどで入手できる場合があるので、興味を持った方はぜひ探してみてはいかがでしょうか。










