『この世界の片隅に』片渕須直監督が再上映に込めた想い「今度はすずさんを“異物”として見てほしい」【インタビュー】 | 超!アニメディア

『この世界の片隅に』片渕須直監督が再上映に込めた想い「今度はすずさんを“異物”として見てほしい」【インタビュー】

2016年に公開された片渕須直監督の『この世界の片隅に』が期間限定で再上映。戦後80年を迎えた今こそ作品から見えてくるものは? 片渕須直監督に再上映に込めた思いを聞いた。

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『この世界の片隅に』© 2019こうの史代・コアミックス / 「この世界の片隅に」製作委員会
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2016年に公開された片渕須直監督の『この世界の片隅に』が、戦後80年を迎えた今年、全国88劇場で再上映される。今回の再上映に際して片渕監督は、2016年とは異なる見方ができると語る。物語にはまだいくつもの謎々が潜められているのだという。果たして謎々とは? そして現在の日本社会と世界情勢とも重ねて、本作の再上映に込めた想いを聞いた。

戦争当時、なぜ社会はあのような空気だったのか

――今回、終戦80年の節目に合わせての再上映です。2016年の公開当時は、戦時中の広島や呉の様子を克明に再現していたという評価も多かったですが、当時の評価を振り返っていかがですか。

片渕:映画評論家の故・佐藤忠男さんが本作に関して「あの時代を後世にまで伝えたいという強い意志」という評論を書かれ、その中でご自分が体験した戦時中はこの映画のような空気感だったと書かれていて、ひとつ何かに到達できたという気がしました。空気感に関しては同じような感想を一般の方からもたくさんいただきました。

ただ、当時、少年兵のような立場だった佐藤忠男さんは「ではなぜ自分たちはなんであんな風に兵士になってしまったのか、そのことも教えてほしい」とおっしゃっていたんです。それが自分の中で新しい課題になったと思っています。

――今回の再上映の資料で片渕監督は、昭和20年代の戦争の時代は、なぜあのような空気になったのか、その謎が残っている、その謎に対する答え合わせを今回の再上映でしたいとお書きになっています。これは佐藤忠男さんから出された課題の答えが見つかったということなのでしょうか。

片渕:答えが(元のママ)見つかったというより、答えのほうからやってきてしまったように感じています。あの映画を制作していた時、確実で客観的な証拠を一つずつ集めて、それらを統合することで、あの時代とはなんだったのかなんとか理解していこうと思っていました。でも今の世の中は、証拠を欠いたまま一足飛びに何かを知った気になるという空気が広がっている気がするんです。社会全体の中で根拠のないイメージや単純な感情論だけで動いてしまうことがすごく増えていますよね。すずさんはこういう空気の中で育ったんじゃないだろうか、という気がしたんです。

すずさんは戦前を知らない世代

――すずさんはおっとりした人ですが、彼女もまた当時の空気に流されて、ある種、体制の一部になっていたということでしょうか。

片渕:すずさんの世代は戦前より以前を知らないんです。日本では昭和6年の満州事変以来「非常時」「戦時」という言葉を使うようになっていました。すずさんが6歳、小学校に入るくらいの頃からずっとそういう空気なんです。そうした中で育って20歳近くまで生きてきた。すずさんは、それ以外の社会をよく知らないんです。

モガ(モダンガール)だった義姉の径子さんはそれ以前の時代を知っています。彼女は、すずさんに洋装なんてするなとか厳しく言うんですけど、戦前の社会も知っている彼女は矛盾も感じていたと思います。でも、すずさんにはそういう矛盾はないんです。現代の我々は、このタイミングではまだ、径子さんと同じ側でいられると思うんですが、今のように何事にも争うようなとげとげした空気がこの先何年も続くと、すずさんみたいに「そうではなかった時代」を知らない人がどんどん出てくるかもしれないんです。

――2016年公開当時に本作を見た時、すずさんに対して戦争の悲劇の中で懸命に生きる女性というイメージを抱きましたが、今回あらためて見直すと、右手を失った後の豹変ぶりが強烈で、あの好戦的な感じは、彼女の中のどこにあったのだろうと思いました。

片渕:そうやって見ていただけるとありがたいですね。「何でも使うて暮らし続けるのがうちらの戦いですけえ」というセリフがありますが、昭和6年からずっと戦時だったわけですから、「戦い」というものにずっとさらされてきた人生だったと思うんです。

すずさんが、白い割烹着に大日本婦人会のたすきをかけているシーンがあります。大日本婦人会とは大政翼賛会の下部組織です。大政翼賛会は「日本にも一党独裁のナチスのような政党を作りたい」というところから出発して、でも憲法により否定されて「会」になってしまったのですが、既婚女性強制加入の大日本婦人会なども傘下に抱えていました。大政翼賛会は昭和20年3月に国民義勇隊に改編されて、大日本婦人会もそこに吸収されています。これは本土決戦のときには国民義勇戦闘隊に改編されることになっていました。割烹着着て旗を振っていたら、いつの間にかの流れで、戦う人として組織されていく運命だったわけですね。あのような在り方のどこまでが、「普通の姿勢で生きる」ということなのか、と思ってしまいます。すずさんも右手を失わなければ戦闘員だったんですよ。

――当時の「非常時」の中では、生活しているだけで軍に組織されてしまうと。

片渕:そういう時に、人々もいつの間になんでそんな風になったのか、明確に覚えてないんじゃないかと思うんです。今だって、コンビニで食べ物を買うとお箸が付いてきますけど、昔はつまようじも入っていたのに今は入っていません。いつからつまようじがなくなったのか思い出せず、いつしかそれが当たり前になっていましたよね。自分がどうしてこういう立場にたたされているのか、常に筋道を立てて理解することは大事なんじゃないかと思うんです。

――現代が世界的に好戦的になっている理由も、一つひとつ事実を確かめて検証していく必要があるということですね。

片渕:そうですね。筋道をたてて理解していく必要があると思います。

キービジュアルを変えた理由とは

――今回は終戦80年の節目の再上映ですが、現在の世界情勢に対する想いもあるのでしょうか。

片渕:それはあります。2016年の上映時は「あの時代のすずさんにはこんなにも今のわれわれとの共通点があるんですよ」と、彼女ののどかさや健気さをポイントにして、お話することが多かったです。でも今は、すずさんのような人たちが本当に世界のあちこちに生まれてしまっている気がして。そういった気持ちが、今回のキービジュアルをこのようにさせているわけです。

――すずさんの失われた右手が描かれていますね。

片渕:廃墟となった畑の中ですずさんの頭を撫でるこの手が透けていることの意味を、あらためて考えたいと思っています。そして、それが「われわれの」80年が出発する最初の1日目だったことも思い出したい。

――2016年のキービジュアルは生活の中ですずさんが笑顔を見せているものでしたが、だいぶ印象が異なります。

片渕:「戦時中でもふつうの生活はあったんだ」ということから、今回はその反対から捉えないといけないような気がしています。

――ロシアがウクライナに侵攻を開始したとき、我々は驚きましたが、それが今や日常になってしまっています。ガザやイランについても同様です。同時に日本は貧しくなってきており、日々の生活だけでいっぱいいっぱいな人も増えている、当時と重なる部分が確かにあります。

片渕:戦争とは関係ないですが、まさかお米が不足して食べられないことになるとは去年まで想像していなかったですよね。

――本当に信じられないことがどんどん起きているのに、慣れていってしまいますね。

片渕:そうです。だから、今回はすずさんを“異物”として見てほしいという想いがあります。すずさんの異なる側面が見えてくると思います。おっとりした健気な面も含めて、その全部を肯定してしまっていいすずさんなのか。考えるべきポイントが増えると思います。

――異物、ですか。

片渕:9年前は、共感しながら戦時中の時代を感じ直すというのが大事だと思っていたんです。でも本当は、戦時中の空気にあまりにもきれいにはまっているすずさんを、そのまま見つめないほうが良いのではないか、と。

米軍の落とし紙を丸めながら、「何でも使うて暮らし続けるのがうちらの戦いですけえ」と言っていたりすることとか、どこで「戦い」という言葉を口にしだしたんだろうな、と考えながら見るとか。水原哲には「そのままでいてくれ」と言われたけど、すずさんは果たして「そのまま」でいることができたのかとか。もし、すずさんが変わっていたのなら、哲が言う「そのままのすずさん」はどの時点まで存在していたのだろうなど、そういう点に注目していただきたいと思っています。

作品情報

声の出演:のん 細谷佳正 稲葉菜月 尾身美詞 小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 / 澁谷天外

監督・脚本:片渕須直 原作:こうの史代「この世界の片隅に」(コアミックス刊) 企画:丸山正雄 監督補・画面構成:浦谷千恵 キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典 音楽:コトリンゴ プロデューサー:真木太郎 konosekai.jp 製作統括:GENCO アニメーション制作:MAPPA 配給:東京テアトル

(C) 2019 こうの史代・コアミックス / 「この世界の片隅に」製作委員会


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《杉本穂高》
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