完全新作SFアニメ『ムーンライズ』が、Netflixで4月10日から独占配信される。
アニメーション制作は『進撃の巨人』や『SPY×FAMILY』で知られるWIT STUDIO。監督は『進撃の巨人』の肥塚正史、ストーリー原案に冲方丁、キャラクター原案に荒川弘が務める本格的なSF作品だ。
人類が地球外へと進出した時代を舞台に、経済格差によって月が地球に対して独立戦争を仕掛ける中、家族が犠牲になった主人公が復讐のために立ち上がるスペース・オペラだ。
肥塚監督とプロデューサー河村崚磨氏に、本作の企画成立経緯や見どころについて話を聞いた。
[取材・文=杉本穂高]

■スペース・オペラを少年マンガの文法で見せたい
――本作は、オリジナル企画で全18話の大型企画です。本作の企画が成立した経緯からお聞かせください。
肥塚:WIT STUDIO社長の和田は、社内の人間にどんな作品が作りたいのか、よくヒアリングをかけているんです。それで僕が、当時公開されていた『スター・ウォーズ』シリーズの話になって、やっぱり面白いよねみたいな話をしたら、後日、和田が僕のところにやってきて、「ちょっとスペース・オペラやってみますか」と言い出したんです。
和田は『PSYCHO-PASS サイコパス』や『シュヴァリエ(~Le Chevalier D'Eon~)』で冲方先生と一緒に仕事していたので、その縁で僕と引き合わせてくれて企画が動き出しました。それが『進撃の巨人』2期の監督をやっていた頃だったと思います。構想が始まってから大分長いです。
――肥塚監督はSF好きだったんですね。
肥塚:別段、SFに特化して生きてきたわけじゃないですけど、僕らが子どもの頃はSF作品が多かったです。僕は特に『宇宙戦艦ヤマト』のような宇宙ロマンものが好きでした。最近のアニメでは少なくなっているから、だからこそやれたらいいよねと言っていたら、本当に動き出したという感じです。
――今作はNetflixの独占配信となりましたが、やはりテレビアニメとして成立させるのは難しかったということなんでしょうか。
肥塚:そうですね。このオリジナル企画を一緒にやりましょうと手を挙げてくれたのが、Netflixでした。
――河村さんがこの企画に参加したのは、どういう経緯だったのですか?
河村:WIT STUDIOでNetflixのシリーズ制作に携わった人は実は少なくて、今回18話で1クールよりも長い作品でハイクオリティを目指さないといけない中で、僕が一番Netflixのやり方を理解しているだろうということで話が来ました。

――ストーリー原案が冲方丁さん、キャラクター原案が『鋼の錬金術師』の荒川弘さんというのは、意外な組み合わせだなと思いました。荒川さんが参加することになったのは、どういう経緯だったのですか。
肥塚:冲方先生の原案は、ハードSFの世界に主体を置いて書かれていました。そのハードなテイストで行く道もあったんですが、僕が元々、少年マンガ的な文法が好きな人間なので、大人も子供も楽しめる作品にできたらいいなという希望もありました。それで、キャラクター原案は誰に依頼したらいいだろう?という話し合いで荒川先生の名前が出てきたんです。キャラクターデザインを担当することになっていた山田歩さんも非常にリスペクトしているし、現場も盛り上がるだろうと。
荒川先生は、田中芳樹先生の『アルスラーン戦記』のコミカライズを、少年マンガ的な文法で原作の良さを引き出していました。そのことに感銘を受けていたので、この『ムーンライズ』をどういう形で見せていくかを考えるときに参考にしたのも、実は荒川先生だったんです。荒川先生も冲方先生の小説は読んでいるというし、スケジュール的にもタイミングがよかったのでお願いできることになりました。
――本作はスペース・オペラを少年マンガの文法で見せるというコンセプトなんですね。
肥塚:はい。グループ会社のProduction I.Gの歴史で言うなら『攻殻機動隊』や『PSYCHO-PASS サイコパス』のようなテイストもありですけど、それなら僕以外にもできる人はいるし、少年マンガで育った自分がやるからにはそういう方向で向き合いたいと思ったんです。
■冲方さんの膨大なリサーチが世界観に反映

――本作は、AIネットワーク「サピエンティア」が世界の政策を決定しているという世界観になっています。
肥塚:これは冲方先生のアイディアです。冲方先生は、今後の世界がどうなるのか膨大なリサーチをされていて、例えば、月に行くならどんな技術が必要かみたいなことを常々調べている方なんです。企画段階では、今みたいにAIが普及していたわけじゃないですが、先の時代を見据えて冲方先生はこのアイディアを取り入れました。
――となると、作品全体の世界観は冲方さん主導で作っているんですか?
肥塚:世界観作りは冲方さんが軸になっています。その上で荒川先生が入ることでキャラクターのパーソナリティが大きくブラッシュアップされていきました。それが作品全体でいい化学反応を起こしていると思います。
――本作にはWIT STUDIOの一線級のアクションアニメーターが参加しています。今回、アクションでこだわった点はありますか。
肥塚:今回参加してくれているアクションアニメーターの根っこの一人に江原康之さんがいます。彼が、地球と重力が異なる月の上で戦うという条件で、冲方先生のサイエンスに則った動きはどういうものかを考えています。1話から3話当たりの序盤で時間をかけてみんなで話し合って描いたものが、のちに参加してくれる若手にも反映されていったと思います。

――メカニックのデザインもいいですよね。
河村:乗り物系や美術背景周りの部分は『AKIRA』の大友克洋先生の弟子である高畠聡さんにデザインしていただきました。ロボット系は、弊社の胡拓磨さんがやっています。
――メカは主にCGだと思いますが、作画もありますか?
河村:基本ベースはCGですけど、要所要所は作画で描いています。メカやロボットを描けるアニメーターは業界的にも少なくなっていますけど、WIT STUDIOには、メカ好きな人が何人かいるんです。胡さんもそうですし、総作画監督の門脇聡さんも実はメカ好きです。巷では美少女を得意とするイメージがあるかもしれませんが、机の周りはガンプラだらけの人なんです。
――音楽もスペース・オペラにふさわしい荘厳な雰囲気ですね。川崎龍さんとは音楽についてどんな方向でいこうとお話しされたのですか。
肥塚:音楽は、実は脚本と序盤の絵コンテ段階で一度デモを作ってもらったんです。それを聞いて誰よりも作品の世界観に深く入ってくれているなと思いました。その上で、僕からはオーケストラ調の壮大なものにしたいと希望を伝えて、あとはほとんど川崎さんにお任せした形です。

――キャスティングについてこだわった点はありますか?
肥塚:今回はNetflixがこちらに預けていただけてうれしかったです。立ち上げメンバーの中で声のイメージはある程度出来上がっていたので、デモテープを聞いて自然と決まっていきました。その中で、マリー役については、本職の声優じゃない方にやってほしいという思いがあって、音響監督の三間さんに相談しました。そうしたら、三間さんよりアイナ・ジ・エンド一択だと意見をいただいて彼女にお願いしました。アイナさんは主題歌も担当されていますが、実はキャストとしてのオファーが先なんです(笑)。
■各話で尺が異なることのメリットとは?
――河村さんは制作デスクとしてNetflixシリーズ『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』にも参加されていましたね。Netflixシリーズの作品と従来のテレビアニメでは、制作側において異なる点はありますか?
河村:Netflixは一挙に全話配信になりますから、瞬間的な爆発力みたいなものを作らないといけないです。ですので、一気に見たくなるような各話の引きをかなり意識して作っています。そのあたりは監督にも絵コンテの段階から意識してもらうようにしていました。
――シリーズ構成は肥塚監督が自ら担当されていますが、各話で尺が異なる本作は、テレビシリーズにはできないことができる、という感覚はありましたか。
肥塚:それは明確にありました。テレビは決められた尺に入れるために諦める描写もあるし、逆に時間が余ってしまって回想シーン入れたりすることもあるんですけど、今回は自分が気持ちいいところで、納得いく形で収められたなという実感があります。尺がバラバラだと監督よりプロデューサーが苦労するんじゃないですか。
河村:テレビシリーズは尺が決まっているから、およそのカット数の予想がつきます。でも尺が一定じゃない場合、各エピソードにどれくらい人員が必要かばらつきが出てくるので、最適な人数配置を組み立てるのは結構手腕が必要で、制作進行も含めて大変でした。
でも逆に、気持ちよく見られる尺で、監督が絵コンテの段階でコントロールして、編集も丁寧に進めることができているので、どのセクションも違和感なく進めることができたと思います。やはり良い作品を世に出したいというのはスタッフの共通認識ですから、そこを重視できるのはいいですよね。

――ちなみに、お2人は次回作『THE ONE PIECE』でも組まれるんですよね。相性がいいってことなんでしょうか。
河村:『進撃の巨人』の時から肥塚監督とは一緒に仕事させてもらっていますが、お互い個性を理解した上で進めていけるので、気が知れた仲という感じで僕としてはやりやすいです。自分のチームは社内のメンバーで組むことが多いんですが、クリエイターをまとめる肥塚監督、僕が制作をまとめるのがいいバランスになるという感じがあります。
肥塚:彼は優秀ですよ。僕は40半ばですけど、若いアニメーターさんとの年齢差もあるし、河村くんは30代前半だから、上手く橋渡しになってくれてます。上にも下にも話しやすいくらいの年齢ですよね。それもあっていろいろな人に顔が利くんですよ。
――最後にこれから本作を見るファンに一言、お願いします。
河村:SF好きはもちろん、SFは敷居が高いという方でも荒川先生と山田のキャラクターデザインで親しみやすく、誰が見ても面白いと思える作品になっていますから、気楽な気持ちで見始めていただけるとうれしいです。
肥塚:本当に気軽な気持ちで入ってもらえると作り手としては一番うれしいです。冲方先生、荒川先生、そしてWIT STUDIOの個性が最高の形で化学反応を起こした作品になっていますので、ぜひ見ていただきたいです。