声優としてもアーティストとしても活動中の中島 愛。最新ミニアルバムでは、なんとセルフプロデュースに挑戦。彼女が愛してやまない昭和のアイドルソングを全7曲収録したミニアルバムは、レコーディングで意外な苦難が待ち受けていた!? 今後の活動やこれまでも振り返りつつ、制作への熱い思いを語ってもらった。
中島愛
自然と決まっていったセルフプロデュース
――以前、「つねに人が驚くことをやりたい」と話していましたが、セルフプロデュースということでビックリしました。
ついにやってしまいました(笑)。去年の冬ごろ、10周年イヤーとなる私へのプレゼントみたいな形で、スタッフの方から「カバーミニアルバムはどうですか」と提案していただいたんです。そのときは私も「歌謡曲を知り尽くしているスタッフの方とならいいものができるだろうな」と思って「ぜひ」とお答えしたんです。とはいえ自分の好きな曲を歌いたいなという気持ちもあって。
――無類のアイドル好きですもんね。
そうなんです。「この曲だったらこのアレンジャーさんで、こういうふうにしてみたいなぁ、なんていう夢というか妄想があります」とスタッフの方に話をしたら、「そこまでやりたいことがはっきりしているのであれば」とセルフプロデュースという形に方向転換をすることになりまして。本当に自然とそうなっていった感じだったんです。
――なるほど。膨大な数のアイドルソングから、どうやってこの7曲を選んだのですか?
自分のオーディオプレイヤーに入っている曲を、まずとにかく聴いてみようと思い、1万曲くらい片っ端から、全部聴きました。そこから「なぜ好きなのか」「アレンジするならどうするか」「自分がカバーをする姿は見えるか」ということを考えながらリストアップをし、さらに「原曲とキーを変えたくない」という願望を活かすべく、自分の声のレンジの広さを考えて絞っていったんです。
――1曲目の「Kimono Beat」は、松田聖子さんのファンにはなじみがあるかもしれませんが、一般的な方の考える「アイドル・松田聖子像」とは少し違うのかなと感じました。
確かにそうかもしれません。この曲は、聖子さんが少女らしい曲から少し脱皮し始めた、1980年代後半にリリースしたアルバムに収録されているんです。聖子さんの歌としても革新的だし、小室哲哉さんが作曲をしているという意味でも珍しい。自分の年齢感にも合うと思いましたし、ラスマス・フェイバーさんが和のテイストの入った曲をアレンジしたらどうなるんだろうという興味もあって選びました。聖子さん自身は最近のライブでも披露している曲なので、きっと刺さる人も多いと思います。
――「雨にキッスの花束を」は『YAWARA』の主題歌としても知名度が高いですよね。
実は、父が今井美樹さんの大ファンで、当時出ていたアルバムが全部家にあったんです。なので、その流れでこの曲は知っていて。そういう意味でも大好きな曲ですし、編曲していただいたラスマスさんと出会うことができたアニメにも関わる曲で、さらに知名度も高い。まさにこのミニアルバムでカバーするのにピッタリな曲だなと思って選びました。
――中島さんが担当されたランカ・リーの「星間飛行」でもおなじみの、松本隆さん作詞曲が2曲あるのは?
80年代のアイドルソングといえば、松本先生、秋元(康)さん、三浦(徳子)さんだったり、曲を選んでいくうちに自然とリストにお名前が並んでいて。やはりみなさんの書かれる言葉はすごく強いのだなと、改めて感じました。
原曲を聴いてもらうためのガイドになれるカバー
――先ほど「原曲と同じキーで歌いたい」というお話がありましたが、実際にレコーディングをするときに心がけたことは?
カバーアルバムを出す時点では、原曲があまりにも好きすぎるし、私は原曲こそが最高の形だと思ってしまっているので、どんな心持ちでいればいいんだろうという迷いもあって。それをスタッフの方に正直にお伝えしたら、「カバー曲を聴いて原曲にたどり着く人もいるよ」と言っていただいて「そうか、そういうルートを提示できるチャンスなのかも」と思うことができたんです。愛情とリスペクトを込めて歌いさえすれば、きっと成立はするだろうと。なので、レコーディングでは、愛情とリスペクトをきちんと込めることを意識し、大好きだから歌わせていただくというマインドをまず大切にしました。
――原曲にたどり着くという意味では、「雨にキッスの花束」がまさにそうでした。曲中のセリフを聴いて、「これは原曲に入っていたんだっけ?」と思って聴き直したんですよ。
ありがとうございます! 私としては、セリフは欠かせないと思って、しっかりと入れさせていただきました。このセリフは、原曲だと結構ぶっきらぼうな言い方をしているんですね。私もいくつかテイクを録って、ラスマスさんに送ってミックスまでしていただいたんですが、完成したものを聴いたら、ぶっきらぼうに言ったテイクを使ってくださっていて。私なりのこだわりも伝わったのかなと思ったら、すごくうれしかったことを覚えています。
――年代も歌い手もニュアンスも違う楽曲を、自分ひとりで歌わねばならないという形になって、改めて自分の歌と向き合うことになったと思います。そのうえで、中島さんは自分の歌の武器はなんだと感じましたか?
……ないなと。
――ない?
はい。曲とアレンジャーさんを決めて、アレンジが上がってくるまではすごく楽しかったんです。でも、レコーディングはとにかくつらくて。
――武器がないと思ったから?
そうです。最初にレコーディングしたのは「時に愛は」だったんです。こちらはアレンジャーの西脇辰弥さんの演奏と「いっせーの」で録ったんですが、(松本)伊代さんの歌で、作詞・作曲の尾崎亜美さんのカラーが出ている曲に、中島のカラーを乗せないとカバーにならないと気づいて。そこで改めて考えて、武器、なしと(笑)。
――とはいえ、レコーディングは進みますよね。
ですから、結局武器がなんであるかという答えは出ないまま、悩みながら絞り出した感じでした。
――昭和のJ-POPが持つ、独特のニュアンス、ノスタルジーではないですが、アンニュイな感じは、中島さんの声にとても合っていると思いましたよ。
そう言っていただけるとうれしいです。いつもは、快活さがないってことで悩んでいて(笑)。
――いやいや(笑)。
もともと私、子どものころは人のためではなく、自分を鼓舞したり癒したりするために歌っていたんです。それもあって、声を強く前に出す歌い方が苦手みたいで。やさしく歌っているつもりはなくても、ちょっとソフトになってしまうんだということには気づくことができました。
ただ、とにかく今回のアルバムは、口角を上げることを意識して歌ったんですよ。暗くなりすぎないように、明るくなるように。
――口角を上げたい人は、「青いスタスィオン」は選ばないと思いますよ(笑)。曲調はともかく、歌詞はさびしい雰囲気ですし。
じつは、最初に曲を絞りはじめたときは、逆に明るい曲が集まりすぎてしまったんです。でも、私は昭和のJ-POPが持つ陰影をきちんと出したいなと思って。「影」と思って選んだのが「青いスタスィオン」なんです。だから、その印象は正しいと思います(笑)。
アレンジにはテーマを持たせて
――ここまでのトークに出てきていない「透明なオレンジ」「無言のファルセット」「真夜中のドア」についても教えてください。
「透明なオレンジ」は安田成美さんの曲ですが、先日話をしていた20代前半の女性スタッフの方は、安田さんが歌を歌っていたことを知らなくて、そうなのか……と驚きました。シングルの曲なんですが、とにかく素敵なんです。ぜひ原曲を聴いてほしいと思って、選んだ曲でもあります。
――「無言のファルセット」には、Negiccoさんがコーラスで入っていますね。
この曲は、最初からコーラスを入れようと決めていました。原曲はCoCoというアイドルグループの、羽田恵梨香さんのソロ曲なんですが、コーラスがふんだんに使われているんです。もともとグループアイドルの曲を入れたいと思っていて、でもソロだと雰囲気が変わってしまうし……と悩んでいたところ、「プロデューサーということは、好きな人を呼べるのでは」と閃きまして(笑)。コーラスではありますが、Negiccoさんの声もしっかり前に出ているので、まさに公私混同、私得な曲です(笑)。
――「真夜中のドア」は、ちょっと異質な感じもしました。
この曲は編曲のtofubeatsさんから提案していただいた曲なんです。もともとアレンジャーの方にはいくつかのテーマを設けつつ、アレンジをしてほしいなと思っていて。tofubeatsさんには「ルーツ」をキーワードにお願いをしたんですね。「青いスタスィオン」は私の原点ともいえる曲ですので、同じようにtofubeatsさんの原点も入れてほしくて。そこで投げかけていただいたんです。もともと林哲司先生の曲が大好きでしたが、声質があまりにも自分と違うのでカバーをするという観点で聴いたことはなかったんです。
――実際に歌ってみてどうでしたか?
ひと言で言ったら難しかった。この曲は非常に影の要素が強く、しかもほかの曲が昼間や夜明けに近い雰囲気のなか、唯一真夜中の曲なんです。私のボーカルとは正反対にある性質を持つ曲だと思ったので、勉強をしつつ食らいつきながら挑戦していきました。
――アレンジにテーマを設けたということですが、ほかの曲はどんなテーマでアレンジをしてもらったのでしょうか?
ラスマスさんには「和」と「アニメ」でそれぞれ1曲ずつ、フジファブリックの金澤ダイスケさんにお願いをした「透明なオレンジ」はもともと原曲のアレンジが大好きだったんですね。当時の最先端の機材を使っていたので、それをお伝えして、現代の最先端でとお願いしました。金澤さんはこのために最新の機材を購入してくださったそうで、もう感動の嵐でした。
「無言のファルセット」のKai Takahashiさんは、Negiccoさんのアルバムで編曲もされている方なので、テーマというよりは私の声とNegiccoさんの声を橋渡しとしてつなげてほしいというイメージでした。西脇さんは「ライブ感」ですね。
――全体的にレコーディングは難しかったと思いますが、逆にスムーズだったのは?
「Kimono Beat」と「青いスタスィオン」かなぁ……? どちらも中学生くらいから聴いているので、原曲の歌い回しが自然と身に付いているんですね。歌い方を原曲から変えるかは悩みましたが、聖子さんとその子さんに関しては、中島愛の歌を形成してくれたと思っているので、染み付いている歌い方そのまま出すことにしました。なので、比較的スムーズに歌えたのではと思っています。
衣装やジャケットにもこだわりを
――ジャケットが紙で、歌詞カードはポスターの裏面を使っているというところにもこだわりを感じます。
参考に高井麻巳子さんのアルバムを持っていったら、ちょうどそれがポスターの裏が歌詞カードになっているタイプのものだったんです。スタッフにも評判がよくて、そのまますんなりと決まりました。私からは……顔のところに折れ目が付かないようにとお願いしたくらいです(笑)。
――ジャケットやアーティスト写真などは、あまり見ないゴールドタイプの衣装が目を引きます。
ビジュアルはマドンナをイメージしました。日本のアイドルと同時に影響を受けたのがマドンナだったんです。それに、今の私が聖子ちゃんカットをしてフリフリのアイドル衣装を着るのはちょっと違うかなと思ったので、かわいいなかにもハードさがある、甘辛ミックスのスタイルがいいんじゃないかということで、マドンナリスペクトになりました。まさかここまで金色のスカートやジャケットがあるとは思いませんでしたが(笑)。
――ピンクも印象に残る色ですね。
復帰後のシングルとアルバムは、テーマカラー、テーマパターンを決めていたんです。
「ワタシノセカイ」はオレンジ、「サタデー・ナイト・クエスチョン」は青、「Curiosity」はボーダー、「Bitter Sweet Harmony」は水色と赤、みたいな。あの色の服を着ているCDとすぐわかるようにしたくて。そこで使っていなかったのがピンクだったので、結果ピンクになった感じです。顔くらいの大きさのあるリボンは、私のリクエストです。一度付けてみたかったのですが、さすがに普段のジャケットで付けたら「どうした中島」って言われそうなので(笑)、ここぞとばかりに実現させてもらいました。
それから、腕のユニコーンのアクセサリーは時計をイメージしていて、針が自分の誕生日の6月5日をイメージさせる6時5分を刺しているというプチプチギミックがあります。
――ちなみにアルバムタイトルはどのように決まったのですか?
2011年に「中島愛 新春スペシャル~Lovely Time Travel Show~」というワンマンライブをやっていて、そのタイトルが単純にずっと気に入っていて、いつかカバーアルバムを出すならこのタイトルをと思っていたんです。確か、「タイムトラベル」が先に決まって、そこに「素敵な」という意味を込めつつ、自分の名前も「愛」ですから「ラブ」的なものもいいなと思って「ラブリー」と付けたんだったかな。8年越しに夢が叶いましたね。
自分にとってCDを1枚リリースすることは、とても重いこと
――こうして1枚完成してみて、今の率直な感想は?
ここまで好き勝手にやらせてもらえるとは、という感じでしょうか(笑)。
もともとお仕事で歌うときは、聴く人やスタッフのみなさんが求めているものに応えたい、忠実にやりたいという思いが強いんですね。そういうやり方もすごく好きなんですが、今回は自分の「好き」を表現できた。それが革新的だなと思っています。これは、10年間頑張ってきたからもらえたプレゼントだと思っています。
――改めてインタビューをさせていただくと、中島さんは外からの声にも冷静というか、自分をとても客観的に見つめているなと感じます。
もともと『マクロスF』でデビューをさせていただいて、ずっと活動は楽しくやらせていただいているんですが、「これはずっとじゃない」「永遠じゃない」という意識も働いているんです。それは今でも変わっていないんです。だって、怖いですよ。何もなかった自分が一瞬ですごく高いところに連れていかれるのって。どうしたって、そこで有頂天になんてなれないですよ。
――10年の間にフリーになったり、お休みをしたり、新しい事務所に入ったりと、紆余曲折もありましたもんね。
そうですね。今はもうだいたい笑い話ですけど。
今回、セルフプロデュースをしてみて、私は誰かに叱咤激励されながらやるほうがまだ好きなんだなって感じたんです。周りの人を巻き込んで、一緒の歩幅で歩きながら作るのが好きだなと感じることができました。
――ほかに、セルフプロデュースで、何を学びましたか?
責任を持つことの重さです。私は、CD1枚出すことで人生が変わるという経験をしているから、1枚1枚のリリースをとても重いものだと感じているんです。1枚のCDをリリースするのは当たり前のことではなく、つねに賭けであり、人生を変えてしまうものであるかもしれないのだと。その責任を取るのは誰かと言われたら、最終的にGOサインを出すプロデューサーなんです。今、それを知ることができて、本当によかったなと思っています。
――もし第2弾のお話があったら?
もう少し年数が経って、また違うことができそうだと思えるようになれれば、挑戦したいという気持ちはあります。でも、まだ私は人にお尻を叩かれながら進んでいくのが合っているのかなと思います。
――さて、このアルバムは2019年第一弾リリースになります。今年の中島さんの今後は?
私の10周年イヤーは半年残っているので、前に前に頑張っていこうと思っています。今年の中島は、みなさん見たことがないくらいに働きますよ(笑)。
――2019年の野望はありますか?
去年はお仕事でたくさん海外に行けたので、プライベートでも行きたいですね。もちろんお仕事でも(笑)。あと、今年30歳になるので、新しい試みをしつつ、自分の歌の武器を見つけたいですね。それから、アニソンに寄り添って生きていきたいと思っているので、また機会があれば自分の歌が作品の力になるような、信頼のおける歌い手になっていきたいです。
――では、最後に読者にメッセージを。
念願のカバーアルバムが出せるということで、好きなことを好きと言い続けているとこんないいことがあるんだよと伝えたいです(笑)。愛情たっぷりなのでこの時代の曲を知っている方も、初めて触れるっていう方も、ぜひ一度でいいので聞いてほしいなと思います。そこから、原曲にたどり着いていただけるのもうれしいですね。もし原曲を知っている方に、「こいつ、本当にアイドルが好きなんだな」と伝わったらうれしいですし、原曲を知らない方は、ぜひ私の大好きな80年代の楽曲に改めてふれ直してもらえたらこんなにうれしいことはないです。同じ沼につかりませんか? お待ちしています(笑)。
取材・文/野下奈生(アイプランニング)
<PROFILE>
中島 愛【なかじま・めぐみ】
6月5日生まれ。茨城県出身。e-stone music所属。2009年1月にシングル「天使になりたい」でソロ活動を開始。これまでにシングル12枚、アルバム4枚をリリース。声優としての主な出演作は『聖闘士星矢 セインティア翔』(いるか座の美衣)など。
<リリース情報>
ミニアルバム「10TH ANNIVERSARY COVER MINI ALBUM ラブリー・タイム・トラベル」
フライングドッグより発売中
2,700円(各税込)
<イベント情報>
リリース記念インストアイベントを下記日程で開催
2月10日(日)東京・タワーレコード渋谷展B1F CUTUP STUDIO
※参加方法などはショップの公式サイトをチェック
※情報掲載時には参加券の配布が終了している場合もございます。ご了承ください
<ライブ情報>
中島 愛凱旋ライブ in mito LIGHT HOUSE~しみじみ茨城~
2月23日(土)茨城・mito LIGHT HOUSE
開場16:30 開演17:00
価格5000円(税込、ドリンク代別)
一般発売:イープラスにて2月1日(金)10時~
中島 愛公式サイト
http://e-stonemusic.com/mamegu/
中島 愛公式Twitterアカウント
@mamegu_staff