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「イケメン」「スイカップ」はいつごろ流行した言葉? 90年代を舞台にした『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』のこだわりを平川監督・林勇・小澤亜李に聞く【インタビュー】

2019/8/9


 数多くの名作アドベンチャーゲームを世に送り出したゲームデザイナー・シナリオライターである、故・菅野ひろゆき氏の代表作が原作のアニメ『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』。主人公・有馬たくやのもとにリフレクターデバイスが届き、数奇な運命を辿ることとなった物語は現在、たくやが大人になり、さらに奇妙な謎に巻き込まれる「異世界編」へと突入した。

 超!アニメディアでは、主人公・有馬たくや役の林勇、たくやの娘であるユーノ役の小澤亜李、監督を務める平川哲生にインタビュー。現世編を振り返っての感想から異世界編の見どころ、またたくやへの思いなどを語っていただいた内容を全3回に分けてお届けする。

――まずは、『YU-NO』現世編(第1~17話)を振り返ってみて感じること、収録を終えての感想を教えてください。

 ゲームのたくやだと登場する全ヒロインと恋愛要素があって、フィニッシュまでたどり着きますが、アニメの世界観だとそうじゃないんですよね。どちらかというと、誰かとの恋愛模様を描くというよりは、仲間意識の中でそれぞれの人を助けていくというストーリー展開だったので、演じる際もその違いを気にしていた部分はあります。特に序盤は男気をみせて仲間を助けることが多かった気がするので、あまり恋愛要素としてじめっとせず、仲間を助けるということを意識していました。

監督 ゲームだとラブラブな感じになるけれど、アニメは寸止めなんですよね。“好き”だから助けるではなくて、“仲間として”助ける。

――なるほど。では、「現世編」で印象に残っているエピソードは?

 たくさんありますが、強いて挙げるとすれば第11話の三角山の洞窟で襲われるシーンですね。俺(たくや)と澪を仕留めようと思って色々とあったなかで美月が自害してしまう。で、そのあと逃げられないという状況になったとき、澪が「新しい世界で美月を救ってあげて」と言うんですよね。あの一連の流れは心を揺さぶられました。

監督 あのシーンでの澪のヒロイン感はすごかったです。演じる釘宮理恵さんの芝居はさすがの一言でした。

 たくやはどうしようもないところがあるけれど、周りの女性はできた方が多い(笑)。色々な意味で助かっています。

監督 私は第15話の水着回が印象に残っていますね。この話は何かしらサービスを視聴者の方々へお見せしたいと意気込んで入れた、原作にないお話でした。当初は龍蔵寺(幸三)のビキニ姿も入れる予定だったんですよ。

 そのサービス、いります(笑)?

監督 (笑)。でも、たくやたちが海に行く話なのに龍蔵寺がいたら変だからなくなりました。

小澤 何でいるの?ってなっちゃいます(笑)。私は第2話で初めてリフレクターデバイスを使うときが印象に残っています。冷静にしっかりと対応するけれどうまくいかない。だけど課題に向き合おうとするたくやの男らしさを感じました。

――本作は90年代が舞台ですが、それぞれ思い出はありますか?

 90年代といえば今から30年くらい前ですよね。ポケベルとかが流行っていた気がするなぁ。

監督 懐かしいですね! 僕は写真の現像とかやっていた記憶があります。

 あとは、DVDじゃなくてVHS(ビデオ)ね。

監督 『YU-NO』の第1話でもがさごそやってとあるビデオを取り出すシーンがありましたが、若い子はあのサイズ感が分からないかもしれないですね。

 確かに。俺は90年代に初めて声の仕事をやらせていただいたからなぁ。当時は小学2、3年生くらいでしたが、声の仕事をやったという思い出は強く残っています。

監督 もう働いていたんですね!

 そうなんです。『バンビ』って作品の幼少期のバンビ役をやらせていただきました。当時は台本を渡されてなんだかわからないけれど動いている画に合わせて喋っていました。

監督 根本的には今とやっていることは変わっていないですね。

 そうですね。

監督 小澤さんは90年代に生まれたんですよね?

小澤 生まれて、すくすくと育っていました(笑)。ワープロの操作方法を知らずに大人の真似をして、たたいて壊した記憶があります。あとはフロッピーを入れて写真を撮るデジカメのようなものがあって、写真を合わせるとGIFアニメーションみたいになるんですよ。それでお父さんとGIFアニメーションを作っていました。あとは山でどんぐりを拾って落書きをするなど土いじりをしていました(笑)。

 都会チックなところからいきなり土いじり(笑)。

監督 驚きましたね(笑)。小澤さんはいつ頃声優になろうと思ったんですか?

小澤 中学3年生の頃ですね。かわいい女の子が出ている作品が大好きで、そういうのを観て、「私も学校生活をエンジョイしたい!」と思って、アニメに興味を持つようになりました。今考えてみたら、変身願望の一環ですね。

――ちなみに、監督はいつ頃からこの業界を目指そうと思ったのですか?

監督 2002年にアニメーターになったのですが、その前の学生時代から絵を描いていました。そう思うと90年代の頃から今とやっていることは変わっていないです(笑)。

――なるほど(笑)。先ほどVHSがアニメにも出てくるというお話がありましたが、本作は色々な場面で90年代を彷彿とさせるアイテムや言葉が出てきますよね。

監督 そうですね。それは演出面で苦労したことでもありました。例えば「ストーカー」という言葉が90年代も使われていたのかとか調べたり、「イケメン」という言葉が当時使われていたかどうか調べたり、たくやが絵里子先生の胸をつんつんとするときは当初「スイカップ」という言葉を使おうとしていたのですが、それは「なくない!?」って議論したり……。あとは背景美術でアンテナや道路標識も当時あったか無かったかなどジャッジしていました。厳密ではありませんが、気にはしていましたね。

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