東京国際映画祭(TIFF)の変遷や試行錯誤を重ねたアプローチ【藤津亮太のアニメの門V124回】 | 超!アニメディア

東京国際映画祭(TIFF)の変遷や試行錯誤を重ねたアプローチ【藤津亮太のアニメの門V124回】

2025年10月27日から11月5日にかけて、第38回東京国際映画祭(TIFF)2025が開催された。プログラミング・アドバイザーを担当し、思うことを書き連ねる。

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11月5日で第38回東京国際映画祭(TIFF)2025が閉幕した。僕は2020年より東京国際映画祭のアニメーション部門でプログラミング・アドバイザーを担当している。プログラミング・アドバイザーは、ひとことでいうと部門の責任者で、上映作品を決める役割。映画祭期間中は上映作品の舞台挨拶やトークの司会をし、シンポジウムを企画・モデレートする。 

僕が担当して今年で6年目。最初の3年は国内作品と特撮番組、それにレトロスペクティブの3本柱で構成していた。2023年からは特撮がはずれ、そのかわり国外の長編アニメーションを取り扱うようになった。  

それぞれ3回ずつやったことで、一区切りついた感もあり、アニメーション部門の変遷や、上映作品のセレクトするときの考えなどについて、この連載で一度記しておこうと思う。  

東京国際映画祭でアニメーション部門ができたのは2019年のこと。それまでも特別上映のような形でアニメの上映は行われたことはあったが、本格的にアニメーションを取り扱うようになったのは2014年の「庵野秀明の世界」以降のこと。2018年までアニメーション監督などのレトロスペクティブを中心とした上映企画が続いた。そして2019年にジャパニーズ・アニメーション部門が設けられた。「庵野秀明の世界」以降、東京国際映画祭に関わっていたアニメ・特撮研究家の氷川竜介が、ここでプログラミング・アドバイザーとなる。  

2019年は国内の新作アニメーション映画と合わせて、「日本アニメマスターズ」というタイトルでレトロスペクティブがあった。  

ここで上映されたのが『白蛇伝』、『AKIRA』、『劇場版 エースをねらえ!』。この3作と、新作映画とを照らし合わせて、戦後のアニメーション史は浮かび上がらせる――というコンセプトで部門が構成されていた。  

さらに同年はリマスターされた『ウルトラQ』の上映も諸事情で決まっており、これも包含した形で、TIFFマスタークラス「アニメ映画史、最重要変化点を語る」が行われた。これが実質的に、2019年のアニメーション部門のコンセプト解説といった内容になっており、そこで戦後のアニメーション文化に関するコンテクストが語られていた。解説担当は氷川とアニメーション史研究家の原口正宏。このマスタークラスはのちの氷川の2冊の著書(『日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析』、『空想映像文化論 怪獣ブームから『宇宙戦艦ヤマト』へ』)の前触れのような内容となっている。

こうした前段の上で、僕はジャパニーズ・アニメーション部門のプログラミング・アドバイザーを引き受けることになった。引き受けるにあたってマスタークラス「アニメ映画史、最重要変化点を語る」が、非常によくできた“まとめ”であったことの影響は大きかった。一旦歴史の総括が行われた以上、次はガラッと新しいことを始めたほうがいいだろうと思い切る原動力となったのだ。  

そこで2020年からは部門を「国内の新作」「特撮」「レトロスペクティブ」の3本柱で構成するという基本方針を決めた。この後、2023年から国外作品を扱うことになり名前もアニメーション部門となるが、それでも「国外」「国内」「レトロスペクティブ」と3本柱で考えているという点は変わっていない。10本から12本ほどの上映枠を、この3つの切り口で構成していくのである。  

国内の新作映画のセレクトについては、この6年間で基本的な方針は変わっていない。これは日本のアニメ映画が公開ギリギリに完成することが多く、基本的に公開済みの作品から選んでいくことになる、という事情もある(もちろん例外もあるが)。選ぶ時は、オリジナル企画、小説原作でビジュアルデベロップメントにアニメ側のクリエイティビティが生かされているものなどを軸にセレクトしていく。  

映画祭は、映画興行とは違う価値観を示す場であり、アニメファン以外にも届く可能性の高い場でもあるので、「今年の顔といえるヒット作」よりは、「個性的でなんらかの挑戦している作品」を選ぶように考えている。  

レトロスペクティブについては、状況を見ながら毎年テーマを決めている。気にかけているポイントは「評論的な切り口、アニメ史的なアプローチを用意できるか」ということ。そこが弱いと、名画座のオールナイトの企画っぽくなってしまい、映画祭でわざわざ上映する理由が薄くなってしまう。そういう意味で、いかに企画を尖らせるかは頭を悩ませた点でもある。  

初めてプログラミング・アドバイザーを担当した2020年に『劇場版ポケットモンスター』でレトロスペクティブを組んだのも、そうは見えないかもしれないが、企画を尖らせようというところからの発想だった。当時、『劇場版ポケモン』はいろいろ変化しつつある時期であったものもひとつの理由ではある。だが一番は「プログラムピクチャーの中に、なんらかの“作家”の要素を見出すことこそ、正しい意味での作家主義であろう」という考えを実践したかったからだ。ではそれが徹底できたかというと反省は多いのだが、この「プログラムピクチャーの中に作り手の手の跡を発見していく」というのは大事なことなので、東京国際映画祭に限らず、どこかでなにかリベンジできないかと思っている。  

2021年以降は「大塚康生」「アニメと東京」「海外映画祭と監督」『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』『桃太郎 海の神兵』というテーマでレトロスペクティブを行った。「アニメと東京」は、以前からやりたい企画だったのだが、作品はバラバラに上映されるので、こちらが用意したコンテクストが伝わりにくかったという反省がある。「海外映画祭と監督」は、海外作品を取り扱い始めたことにあわせて、海外映画祭で入賞した近年の作品をピックアップしたもの。なのでコンセプトはそこまで強固なものではなかった。  

2024年と今年はそれぞれ『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』『桃太郎 海の神兵』と1作だけを上映。これはそれまでの反省もあり、ほかの作品とまとめるよりも、歴史的意味を持つ1作品だけ上映したほうがレトロスペクティブとしてのコンセプトが際立って、エッジが立ったものになるだろうと考えたからだ。これはこれで有効だったと感じている。  

当初は部門の柱のひとつだった特撮は2019年を継承する形で、2020年が『スーパー戦隊』シリーズ、2021年が『仮面ライダー』シリーズ、2022年が『ウルトラセブン』という形で続いた。ただTVシリーズが“主戦場”である作品が多いこと、特集を組めるテーマが限られている、ということを考えると、大喜利的にテーマをひねることなく、映画祭で上映する意味を用意できる企画があと何回できるのか、という問題を孕んでいたのは間違いない。もちろん特撮映画・番組が、アニメの枠からも実写映画の枠からもこぼれ落ちがちで「メディア芸術の孤児」という状態なのは、たいへんもったいない状況ではあるのだが、2022年を最後に「特撮」がなくなり、国外の長編アニメーションを取り扱うようになったのは自然な成り行きであったと思う。  

海外作品は、権利者や配給権を持つ企業などから映画祭に応募がある――具体的にはオンライン試写用のリンクが送られてくる――というところから始まる。プログラミング・アドバイザーの僕はそれを片端から見て、気になったものを選んでいく。例年30作前後を見て選ぶことになる。  

選ぶ基準はシンプルで「(広い意味で)おもしろいかどうか」。ただ6月に世界最大のアニメーション映画祭・アヌシー国際アニメーション映画祭があり、そこの本コンペティションとコントルシャン部門コンペティションには、力のある作品が集まっている。幸い東京国際映画祭はよいタイミングの開催で、アヌシーでの受賞作をブッキングしやすい時期ではある。だから世界の話題作を一足早く日本で、ということは作品選びのひとつの根拠だ。  

しかしアヌシーで話題になった作品と並びが似すぎるのは、映画祭の個性という点からも避けたい。だからこそ、アヌシーの大きな2つのコンペに入っていない、でもおもしろい作品も見つけて、ラインナップに入れていくことが重要だと考えていた。  

2023年は『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』のティエン・シャオポン監督の新作『深海レストラン(Deep Sea)』があったし、2024年はドミニカ共和国初の大人向けアニメーションである、トーマス・ピカルド=エスピラット監督の『オリビアと雲』が上映できた。『オリビアと雲』は、その後、世界の映画祭でも注目され(監督とは今年のアヌシーのパーティーで偶然出会い、コントルシャン部門のコンペインについてお祝いを伝えることができた)、日本での公開も決まっている。

2025年は『ユニコーン・ウォーズ』のアルベルト・バスケス監督による『デコラド』、ロイ・アンブリス、アルトゥーロ・アンブリス両監督によるメキシコ初の長編ストップモーションアニメ『私はフランケルダ』がそれに当たるだろう。
このあたりは運もあるが、東京国際映画祭のアニメーション部門で海外作品を紹介することが海外に知られていくことで、より魅力的な作品は集まりやすくなるだろう。    

このほか会期中に開かれるシンポジウムも部門を構成する重要な要素だ。シンポジウムの企画について自分に課した縛りは「海外監督と日本監督の接点をつくること」。アニメーション部門でパーティーなど実施するわけでもないので、国際映画祭である以上、海外ゲストと国内の監督が触れ合う機会をなるべく設けるべきだと考えたのだ。ただ海外ゲストを交えた場合、テーマの設定は難しく、反省も多い。昨年からはテーマをすこし緩めに設定することで、発言の自由度が増し、モデレートもしやすくなるのではないかと考えている。  
またレトロスペクティブについても「どうして取り上げたのか」というコンテクストを示す意味で、シンポジウムが不可欠であろうと考えている。  
こうしたシンポジウムも東京国際映画祭の公式チャンネルにアーカイブされており、現在も見ることができる。

■2023年 シンポジウム「アニメーション表現の可能性」
登壇者:原 恵一(監督)、板津匡覧(監督)、片渕須直(監督)、パブロ・ベルヘル(監督)

■アニメーションは子どものものなのか? 日本、中国、チェコのアニメ作家たちが語り合う  シンポジウム「青年を描くアニメーション」
フィリップ・ポシヴァチュ(監督)、岩井澤健治(監督)、立川 譲(監督)、ヤン・チェン(プロデューサー)、吉原正行(監督)

■2024年 国内外のアニメーション監督が集い、それぞれが監督を志した理由を語る アニメ・シンポジウム「アニメーション監督への道」
ギンツ・ジルバロディス(監督)、アン・ジェフン(監督)、トーマス・ピカルド=エスピラット(監督)、吉浦康裕(監督)

■新時代を担う3人の若手監督から見える今後の潮流  シンポジウム 日本アニメの新世代
ぽぷりか(監督)、安田現象(監督)、塚原重義(監督)

■放送50周年を迎えた「宇宙戦艦ヤマト」が後のアニメ作品に与えた影響を語る  シンポジウム「宇宙戦艦ヤマト」の歴史的意味
氷川竜介(アニメ/特撮研究家 明治大学大学院特任教授)  

プログラミング・アドバイザーは単年度の契約なので、来年も自分がやる保証はない。ともあれ自分がやるにせよ、ほかの方が担当するにせよ、ここまでの試行錯誤を何らかの糧にして、よりよい形を模索したいし、してほしいと考えている。


【藤津 亮太(ふじつ・りょうた)】
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」で生配信を行っている。

《藤津亮太》
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