――『ばるぼら』を実写化しようと思った理由を教えてください。
実写化は5年ほど前から考えていて。手塚治虫の作品は自由に選べる立場にいますが、個人的に思い入れのある『ばるぼら』を選びました。あまり有名な作品ではありませんが、昔から「一作選んで」と言われたら本作を選んできた気がします。実際に映画をつくる視点で読み返してみると、映像化したいシーンがたくさんありました。父の作品だからではなく、『ばるぼら』が好きだから。それが実写化をしようと思ったいちばんの理由です。
――映像化したいと思ったのは、具体的にどこのシーンですか?
まず、とにかくばるぼらというキャラクターを、ひとりのリアルな人間として存在させたいと思いました。彼女のような女性が実在したらどうなるだろうって。映画化するにあたり多少ストーリーが変わってしまったとしても、彼女だけはそのまま実写で観たいと思ったんです。そして、おそらく誰が原作を読んでも同じだと思うのですが、『ばるぼら』には一度読んだら忘れられないトラウマのようなシーンがいくつかあります。たとえば女性だと思っていたらマネキンや犬だったとか…、とても強烈ですよね。そこはぜひ、絵ではなく、映像で観てみたいと思いました。
――15章からなる物語を100分の映画にまとめるにあたり、苦労した点はどこですか?
原作は連載マンガだったので到底100分では表現しきれず、どうしても短くせざるを得ませんでした。短くするにあたり『ばるぼら』のどこを主軸に置くか考えたとき、物語の後半に注目したんです。センセーショナルな前半に反して、後半は憧れの女性に去られてしまった男性がその後をずっと追いかけ続けるという、ある意味純愛的なお話なんです。でも、その結果が必ずしもハッピーエンドになるとは限らない。そんなところも好きだったので、そこを中心にしました。原作に出てくるいろいろな場面を少しずつ省略して、男女の純愛的なニュアンスを全面に出すことで、うまくコンパクトにできたと思います。
――ストーリーの調整以外に、意識したことはありましたか?
ストーリーは変えてもイメージは変えたくなかったので、そこは頑なに守りましたね。日本のマンガの映画化作品は、ストーリーや設定は原作通りだけど、イメージは変更されていることが多い気がしていて。僕は逆に、原作が持っているイメージを大事にしたかったんです。たとえば、美倉洋介とばるぼらが出会う場所は原作通り新宿にしました。それは、ただ原作のままにというだけでなく、新宿の地下街が持つ雰囲気がこの作品のイメージ構築に欠かせないと思ったからです。また、ラストにふたりで山荘に閉じこもる大事な場面がありますが、原作の緊張感を表現するためには必要で、最初からきっちり入れようと決めていました。
――世界観を大事にされていたんですね。
はい。映画のエキストラとして出演してくれた漫画家の一本木 蛮さんが、完成試写会が終わったあとに「原作の読後感と同じ」と言ってくれて、とても嬉しかったです。似ている似ていないではなくて、映画を観終わったあとと、原作を読んだあとの気分が一緒。それは僕がいちばん目指していたことでした。
――映像で原作の世界観を表現するために、撮影監督のクリストファー・ドイルさんとはどのようなお話をされましたか?
ドイルさんとは、先に台本を送って数か月後に初めてお会いしました。まずは軽い打ち合わせを、と思っていたのですが、彼はすでに厚さ数cmにも及ぶメモを作ってきてくれたんです。そこには彼のイメージやプランがぎっしり書き込んでありました。彼が『ばるぼら』という作品にとても熱い想いを向けてくれているのが伝わってうれしかったです。もちろん僕も資料は用意していて、映像の参考にと西洋絵画をいくつか見せたのですが、「色彩を抑えたトーンで、色合いはこういう感じね」とすぐに理解をしてくれました。ただ、実際にカメラテストをして編集室で色を調整してみると、僕のやりたいことは彼の予想を超えていたようで。用意したカメラでは表現できないからと撮影2日前にカメラを変えたいと言い出したこともありましたね。僕のこだわりにドイルさんが応えたいと言ってくれて、本当にいいチームだと実感しました。
――ドイルさんに自由に撮ってもらったシーンもあるとお伺いしました。
ばるぼらが新宿の街をさまようシーンです。ドイルさんは監督もされる方なので、全部僕が決めこむよりは、ドイルさん視点の画もほしかったんです。街と人を撮るのがすごく上手な方なので、二階堂さんを丸1日預けて撮ってもらう予定でした。しかし、撮影当日はあいにくの雨で、濡れないように撮影しなければならなかったんです。
自由にできる雰囲気ではなくなってしまったので、僕が考えていたプランを話すと、彼はすぐにスタッフに「オレンジの傘を買ってきてほしい」と色まで指定して頼みました。雨の日の新宿で傘のオレンジがすごく映えていて、彼のセンスに脱帽しましたね。
――映像だけでなく劇中で流れるジャズもとても印象的でした。どんなところにこだわったのですか?
僕にとって音楽は、セリフと同じか、もしかしたらセリフよりも重要かもしれません。今回音楽を担当してくれた橋本一子さんは、長年の友人で僕の長編映画でずっとお世話になっている方です。彼女は映画音楽の専門家ではなく、ピアニストでありジャズミュージシャンなんです。『ばるぼら』にはジャズが合うと思ったので、彼女に任せました。
僕は基本的に、音楽監督は起用しません。ミュージシャンとシナリオの段階から一緒に音楽を作っていくスタイルをとっていて。編集前にはある程度のデモ曲があがってくるので、それを聴きながら編集作業をします。ミュージシャンに繋いだ映像を見せて合わせてもらうのではなく、僕が直接指示を出す形で完成までもっていくことが多いですね。曲ができたら、最終的にその曲にあわせて映像を再編集します。このとき、曲があまりにもよくて急遽新しくシーンを追加することもあるんですよ。ばるぼらが街をさまようシーンは音楽を聴いてからどう場面を構成するか決めました。
――キャストさんとのお話をお伺いしたいのですが、美倉洋介役の稲垣吾郎さんにはどのような印象をお持ちですか?
稲垣さんが過去に出演された作品を観てきて、いつか一緒に仕事がしたいと思っていました。知的で美意識の高い方という印象を持っているので、美倉洋介を彼の感性で演じてほしくてオファーしたところ、「やりたいです」とお返事がいただけてとてもうれしかったです。
――撮影前にふたりきりで話す時間をつくられたそうですが、どのようなお話を?
彼のほうから、ふたりきりで話す時間をつくりたいと提案してくださいました。過激なシーンもあるので身構えていたのですが、半分雑談という感じでしたね。でも、この時間があったからこそ、稲垣さんと意気投合することができたと思っています。
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▲稲垣吾郎演じる美倉洋介。アンニュイな雰囲気はまるでマンガからそのまま飛び出してきたかのよう。ひとりの少女に翻弄され狂っていく男を熱演。【画像クリックでフォトギャラリーへ】
――ばるぼらを演じられた二階堂ふみさんの印象はいかがでしょうか?
二階堂さんは、ばるぼらにピッタリだと思いました。僕が彼女がいいと思った当時はまだ10代だったので、内容面からさすがにお願いできずにいました。しかし、企画が形になるまでに時間がかかったおかげで彼女もすっかり成人し、オファーすることができたんです。体当たりな場面が多いので、受けていただけるか不安もありましたが、よいお返事がもらえてホッとしました。二階堂さんは原作も脚本も読んでイメージをつくってきてくれたので、演出も最低限しかしていないと思います。印象深かったのが、ラストシーンでばるぼらが動かなくなってしまう場面。あまりにも大変だろうと思い、代役もしくは人形を用意すると提案させていただきましたが、彼女は「全部自分でやります」と。二階堂さんのおかげでいい意味で生々しいシーンに仕上がったと思います。
――体当たりといえば、ふたりが身体を重ねるシーンは、とても美しかったですね。
このシーンは僕も驚きました。語弊があるかもしれませんが、おふたりとも「なんでもやります」とおっしゃってくださったんです。おふたりのプロ意識の高さもそうですが、この作品においてのセクシャルなシーンは「下世話なものでなくインテリジェンスのあるもの」と理解してくださっていたことが、とてもありがたかったですね。撮影しながらも、あまりにも綺麗で、思わず見入ってしまいました。
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▲フーテン女のばるぼらを演じたのは二階堂ふみ。自由奔放な少女のように振る舞ったかと思えば、不意に見せる妖艶な眼差しを見せ、目が離せなくなる。
――監督にとって最高のスタッフ、キャストが揃ったのですね。撮影現場の雰囲気は、どんな感じでしたか?
僕があまり怒鳴ったりしないので、基本的に和やかでコミュニケーションはとりやすい雰囲気だったと思います。ただ和やかなだけでなく、ドイルさんや(美倉洋介役の)稲垣(吾郎)さんがいたことで意識の高い人たち特有の、いい緊張感がありましたね。あとは、ドイルさんはオーストラリアの方ですし、ほかにもイタリアやフランスの方もいたりして、多国語が飛び交って日本を超越していましたね。現場の空気感はフィルムにも影響すると思っているので、『ばるぼら』からも“日本”という枠にはおさまらない雰囲気を感じ取っていただけるんじゃないかと思っています。
――もし、手塚監督の前にばるぼらのようなミューズが現れたらどうしますか?
じつは若い頃、そんな女性と出会ったことが何度かあるんです。僕が勝手に思い込んでいただけかもしれませんが、「彼女に会ってからアイディアが浮かぶようになった」と思える人はいました。原作みたいに依存することはなかったですが(笑)、その人がいなくなると思考がちょっと変わるんですよ。ただ最近は、本当の意味での女神様みたいな存在がいてくれればいいなと思うようになりました。『ばるぼら』もベストキャストとベストスタッフが揃ったことは本当に奇跡で、ただのラッキーというよりは、本当のミューズがそばにいてくれたんだと感じています。
――最近ご覧になられたマンガやアニメがあれば教えてください。
あまりマンガやアニメを観ないんです。家柄的にマンガやアニメが身近にありすぎたこともあり、ほかの子供たちほど心ときめかなくて。そんななかでも、演出が斬新なアニメや、手塚治虫が劇場用に作った『千夜一夜物語』など、大人向けの物語は好きでした。
――『ばるぼら』の見どころは?
主人公ふたりはもちろんですが、色、雰囲気、音楽も含めて世界観を楽しんでもらえれば嬉しいです。普通の日本の映画とは違うレベルになってると思います。マンガ原作とは少し違うかもしれないですが、気分的に説得力のある作品ができたと自負しています。
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▲本作にはばるぼら以外にも魅力的な女性がたくさん登場する。しかし、美倉はばるぼらに執着し、彼女が持つ不思議な魅力の虜になっていく……。
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▲インパクトの強いばるぼらの母を演じたのは、演技派女優の渡辺えり。ばるぼらとの結婚を申し出た美倉に対し、彼女が突きつけた条件とは……?
【プロフィール】
手塚 眞(てづか・まこと)1961年8月11日生まれ。東京都出身。ヴィジュアリスト。主な作品は、映画『白痴』(1999年)映画『星くず兄弟の新たな伝説』(2018年)、TVアニメ『ブラック・ジャック』(2004~2006年)など。
『ばるぼら』作品情報
全国劇場で公開中
●原作/手塚治虫 『ばるぼら』(小学館刊「ビッグコミック」)
●監督/手塚 眞
●脚本/黒沢久子
●出演/稲垣吾郎 二階堂ふみ 渋川清彦 石橋静河 美波
大谷亮介 片山萌美 ISSAY / 渡辺えり ほか
●配給/イオンエンターテイメント
【STORY】
耽美派で名を馳せた小説家、美倉洋介は、ある日新宿駅の片隅でホームレス同然の少女・ばるぼらと出会う。思わず家に連れ帰ったものの、彼女は大酒飲みでだらしない女だった。しかし、彼女がそばにいると不思議と創作意欲がわいてくる。彼にとってばるぼらとは、まるで芸術のミューズのようであった。一方、美倉は異常性欲による幻想に惑わされており、そんな彼をばるぼらは救い出していく。いつしか、彼女なしでは生きていけないほど溺れていく美倉。狂気の世界の果てに、彼が迎えた結末とは――。
(※)「手塚治虫」の「塚」の字は、正しくは“つくり”に点が一画加えられます。(つくりに「冢」の字を使用します)
(C) 2019『ばるぼら』製作委員会