坂本真綾のシングルコレクションアルバム「シングルコレクション+アチコチ」を2020年7月14日(水)にリリース。アルバム収録楽曲についてお話を聞いたインタビューがアニメディア8月号に掲載されている。「超!アニメディア」では本誌に掲載できなかった分を含めたロングインタビューを紹介。
果敢にオファーをしてきたのがよくわかるラインナップ
――シングルコレクションも、今回のリリースで4枚目になります。
2012年に3枚目の『シングルコレクション+ミツバチ』をリリースしたときは、いつか4枚目も出したいなと思っていました。楽曲が溜まるのを待っているうちに、ちょうどデビュー25周年にかかって。8年ぶりということなので、8年間の歩みを振り返る1枚になっています。
――Disc1は、2013年のシングル「はじまりの海」から時系列に並べられています。
Disc1は、すべて何かの主題歌になっているのですが、それぞれに作品の影響を大きく受けているなと感じます。アニメやゲームの主題歌は、どうしても壮大な世界観になりやすいので、ざっと並べると「おなかいっぱい」という感想にもなりそうですが(笑)。時系列のほうが毎回違うカラーでシングルを発表してきたというのがよくわかりますね。
――どれも印象的なタイトルだと思いますが、そのなかで数曲あげていただくとしたら?
「はじまりの海」は大貫妙子さんと初めてご一緒したんです。まったく面識もないなかで果敢に扉をノックしてお願いしたんですが、すごく温かい作品作りをしてくださいましたし、大貫さんのお仕事も間近で見られて、いい経験ができたなぁと思います。
それから、「Be mine!」を作ってくださったthe band apartさんは、当時、ほかのアーティストに楽曲提供することはあまりなかったように記憶しています。たまたま夏フェスで同じ日に出たことをきっかけに知り合い、いきなり曲提供をお願いしたところ快く受けてくださって。この8年は、知っている方も初めましての方も、果敢にオファーをしてきたのがよくわかるラインナップになっていますね。
――Disc2の選曲については?
自分のアルバムに入っていない曲を中心に考えました。Disc1はシングルのA面曲がずらっと並んでいるので、アニメ作品が好きな方だったり、最近のシングルでちょっと気になってたからほかにも聞いてみたい、という人にはすごくわかりやすいラインナップですが、Disc2はもうちょっとマニアックで。もしかしたら私をすごく追いかけていないと見逃しちゃったかもしれないような、ほかのアーティストさんとのコラボ曲やカバー曲が入ったラインナップになりました。Disc2はレア曲が多い感じですね。
――そんななか収録された「cloud9」と「Tell me what the rain knows」は、どちらも2004年の曲です。
本当はどちらもここに入る予定はなかったんです。「cloud9」を昨年のツアーで歌ったときに、ちょうどサブスク(サブスクリプション)が解禁になったタイミングだったんですね。じゃあ、と自分でこの曲を探したら見つけられなくて。「不便」と(笑)。そこで、この2曲が自分のアルバムに入っていないと気づいて、この機会に入れました。
――16年前の曲という感覚はありますか?
ずいぶん昔に歌ったなとは思うんですが、ほかと並べて聴いたときに2曲とも違和感がなく、時代の差みたいなものは感じませんでした。時は流れているはずなんですけど、実感としてはないので、すごく不思議ですね。
――当時のレコーディングのことは覚えていますか?
「cloud9」は、ただすごくいい曲だな、日本語のはめ方が独特だなと思っていました。メロディーに対して言葉がちょっと多めだったので、それをどうやって入れていくかを作詞の岩里(祐穂)さんとお話ししながら歌入れをした記憶があります。「Tell me what the rain knows」は……。当時はそういうことよくあったんですけど、作曲の菅野(よう子)さんがひらめきタイプの人で、レコーディングのときその場にいたスタジオのアシスタントの男の子が、「お前、歌え」みたいな感じで急にオクターブ下のコーラスを入れさせられたんですよ。今改めて聴いてみると確かに素敵な声で、この曲のコーラスにぴったりだったなと思います。
体感としては25年の長さは感じない
――Disc2には、「Lazy Line Painter Jane」のようにほかのアーティストとのデュエットも収録されています。
初めてゲストに招かれてデュエットしたのが、末光篤さんとの「Lazy Line Painter Jane」だったと思うんです。ご指名をいただいたことがすごくうれしくて光栄だなと思っていました。この曲自体もカバー曲で、自分のために書かれた曲ではないからこそ、より演じるような気持ちで楽しんで歌った記憶があります。
――DREAMS COME TRUEの「三日月」や松任谷由実さんの「卒業写真」のようなカバー曲については?
どちらも大好きでずっと聞いていた曲なので、私にとってはなじみ深い曲でした。自分が好きな曲って、皆さんもそうだと思うんですが、普段から口ずさんだりしていて、どう歌おうかって考えないですよね。なので、私もまさに単純に好きだから、という気持ちで歌いました。
――Negiccoさんのカバー「私へ」についてはどうですか?
『アチコチ』のリリースが決まったときに、何か新録が入っていたほうがいいのではないかということになって。ディレクターから「ほかのアーティストに歌詞を提供したものをセルフカバーするのはどうでしょうか?」とアイデアをもらって入れる形になりました。
――提供曲ということは、自分がカバーすることを想定はしていない?
していませんでしたね。この曲以外に提供させていただいた歌詞も、自分が歌わない前提で書いている曲ばかりなので、どれも自分で歌いたいという気持ちはなかったんです。ただ、自分が歌って一番違和感がないのがこの曲だったっていう感じでした。
――Negiccoさんに書くときは、どんなテーマだったのでしょうか?
女性が共感できるような歌詞を書いて欲しいというオーダーでした。私自身の過去の経験を投影して書いた部分もあるので、今の私が歌っても変じゃないかなと思い、歌わせていただきました。
――最新曲の「クローバー」はTVアニメ『アルテ』のOPテーマです。とても爽やかで前向きなナンバーですね。
アニメの監督から「明るさ、前向きさ、女の子が健気にへこたれずに目標に向かっていくことを大事に作って欲しい」とご要望がありました。「あまり難しくなく、シンプルに聴いてる人が励まされるような曲にしてほしい」ということだったんですね。原作を読んで、女性が働くことが非常識だった時代に、画家になりたいと挑んでいくアルテの姿から社会的なメッセージを感じたので、本当はもう少し重みのある曲を想像していたんです。
でも、監督にいくつかデモを聴いていただいたら、一番ポップで明るいものを選ばれて。曲に合わせて、ちょうど4月で新生活を始める人たちが、慣れない世界に入って奮闘するアルテにシンパシーを感じられるような曲にしたいなと思いました。
――この曲はシングルカットされませんでしたね。
40歳になって最初のシングルというにはちょっと幼さも感じるテーマになってしまうので、配信でまず聴いていただくのがいいんじゃないかということになって。『アチコチ』に入ると、カラフルな曲たちのなかでより活きるのではということもあり、今回が初めてのCD化になりました。
――歌声も、とてもまっすぐで爽やかに感じました。
アニメの絵が本当にかわいかったので、大人っぽすぎちゃうと作品と合わないんですよね。いろいろ経験してわかっている人の姿じゃなく、まっさらな道を歩いて行く人という印象にしたかったので、難しく考えずに歌うというか。曲に合わせると自然とこういう歌声になりました。
――Disc2では、個人的に「これから」が特に印象に残っています。「さよなら」についての切なさと前向きさが感じられて、いつ聴いても胸を捕まれるような気持ちになります。
そう言っていただけて、うれしいです。ちょうど20周年に重なるくらいのときに作った曲で、『たまゆら』シリーズの本当に最後の、大団円になるような曲にしたいという思いもあったんですが、同時に自分自身の20周年に込めた思いもあったんですね。改めて自分の曲をじっくり聴き返すことはあまりないんですが、並べて聞いたときに「これから」は特別に思い入れもあったし改めていい曲だと思いましたね。
マスタリングしているときも、ディレクターが「これからっていい曲ですね」って言ってくれて。皆さんがそうおっしゃってくださるので、本当によかったと思います。
――ちなみに、25周年ということで、何か変化があったりは……?
特に何にもないです。20周年からだと5年しか経っていないので、何も変わらないんですよ。5年ごとに周年記念をやっても、皆さんも大変ですから、今回も大がかりな何かをやる予定はないんです。25年って、時代が2回くらい変わっているはずなんですけど、その間ずっとひとつのことを続けていられるというのは、自分自身の頑張りもありますが、運もあるし、周りの方と出会って導いてもらったものでもあるなと思います。体感としては25年の長さは感じないし、この5年は本当にあっという間で。何かを考えたりする暇もないぐらいにただ進んできただけという感じですが、日々のことを一生懸命やっていると、そのぐらい時は流れるんだなあと思っています。
毎日頑張ってその先に30周年というご褒美があったらいいな
――ちょっと「cloud9」の話に戻りますが、16年前というのも振り返ると結構前だなという感覚です。
昔は自分でやったことは覚えていたんですが、最近はあんまり覚えられないんですよ(笑)。ありがたいことに、1年の間にやることも昔よりも増えていてすごく忙しくて。最近の年月の濃さが自分の記憶のキャパシティを占領していくので、どんどん昔のことは忘れていっちゃいますね。
――先ほど時代が2回くらい変わったというお話もありましたが、25年のなかで時代の変化を感じた出来事はありますか?
アプリゲームがこんなにムーブメントになるとは想像していませんでした。
――「色彩」はまさにアプリゲームである『Fate/Grand Order』の主題歌ですが、お話をいただいたときは「アプリゲームに主題歌?」みたいな感覚でしたか?
まさに、そのとおりでした。正直なところ、それはどれだけの人が聴くんだろうと思っていましたね。アニメと違って毎回流れるわけではないだろし、1回聴いて終わりになっちゃうんじゃないかなって。ただ、それまでもお世話になっていた奈須きのこ先生が私の音楽を欲してくださっていたのと、一過性のものというよりは、先生の小説をアプリゲームで読むようなものとうかがっていたので、先生が喜んでくださるならと思って、先生のために書いた感じでした。結果、先生が「色彩」をとても気に入ってくれて、さらにその詞からインスパイアされて物語にまで繋がるようにしてくださったので、スタートする前からゲームの製作に携わらせてもらった感覚です。
それが、これだけの大きなムーブメントになるのは私にとってもすごくやりがいのあることでしたね。春ぐらいにローンチされると聞いていたのが夏になったときはさすがにツッコみたくなりましたけど(笑)。お話が進むにつれ、「色彩」の認知度も人気もどんどんあがっていったので、そういうなかなかできない経験ができたことも楽しかったです。
――サブスクの話も出ましたが、音楽方面で時代の変化は感じますか?
もうCDだけの時代ではないのかなという感覚もありますね。私たちのころは、1枚のCDを買うと、好きでも嫌いでももったいないから100回は聞いていたと思うんです。でも、最近の音楽事情を考えると、長期的なお付き合いしてくださるリスナーさんはなかなか出てこないのかなとも感じます。
――確かに、主題歌のためにCDを買うと、もれなくカップリングも付いてくるという感覚でしたよね。
そうなんですよ。もったいないからカップリングも表題曲と同じ数だけ聞くみたいな。でも、最近はサブスクとか配信によって、とりあえず聴いてみようかと思う人は存在する。音楽って聴いてもらわないと意味がないので、そういう意味では可能性はいくらでもあるのかなと思います。
――初回限定盤に収録されるBlu-rayについても聞かせてください。収録されるMVのなかでは、「クローバー」が最新ですね。
私が映っている場面以外に何かを作っている工場の機械や過程が見えるんです。まだ何になるかもわからない、何ものでもないところから、ちょっとずつ前に進んで、最後は人に喜ばれるものになったり、誰かのお気に入りになっていく。その過程が、「クローバー」の歌詞にも重なっていて、アルテの話にも通じるものがあり、シンプルな映像ですが、すごく曲の世界観を表してくれてるなぁと思っています。ちなみに私が歩いているところは、みなとみらい線の新高島の駅です。
――2017年に行われた嚴島神社でのライブも収録されています。
このときは、バンマスの河野(伸)さんが鼻を骨折していたんですよ。鼻を守るためのガードを付けたら、見た目がオペラ座の怪人みたいになっていて、それがこんな形でBlu-rayに残る日が来るとは思いませんでした(笑)。もともとWOWOWで放送されたものですが、私の歌を聴いていただきたいのはもちろん、映像を観てほしいんです。だんだん日が暮れていって、最後は月と星が出る。鳥居と海は、私から見えていた景色そのままなので、それがこういう形で残るのは、とてもうれしいです。とにかくキレイな景色に自分自身も見とれながら、気持ちよく過ごせた場所でした。
――そして昨年2月に行われたフライングドッグ10周年記念LIVE「犬フェス!」のライブビューイング映像も収録されます。大トリでしたね。
トリでした。大トリという場所に置いていただけるようになったんだ、すごいなぁと感じたことを覚えています。あと菅野さんがインフルエンザになってビックリしました。
――選曲については?
フライングドッグさんの10周年記念ライブだったので、選曲はお任せしました。ちょうど「逆光」が最新のシングルだったのですが、「約束はいらない」が入らなかったのには少し驚きましたね。結果としてはすごく盛り上がるセットリストになりました。
――MCも収録されていますが、どこまで入っているんですか?
全部です。全部入っています。だって「それが見たいんでしょう?」と思って(笑)。
――菅野さんにまつわるエピソードで、ライブ後も話題になっていましたからね。
そんなにたいしたことは言っていないのに、みんなが大きくして言うから、現実を残しておきたかったんです。それから、「犬フェス!」は来られなかった方もいると思うので、残していただけたのはうれしかったです。
――シングルコレクションはカタカナ4文字入ることが定番ですが、今回の「アチコチ」はどう決めたんですか?
カタカナ4文字のワードをいくつか考えて、一番しっくり来たものを選びました。今回、「cloud9」も入っていて、ほかの方の作品もあるので、いろんなものを集めましたという感じが出ていいかなと思って。
――こうなってくると、30周年のリリースも期待したくなりますね。
シングルコレクションに関しては、何年か後に溜まったら出すだろうなと思います。シングルコレクションに収録されるものは、作品に寄り添うことを大事にしていたり、ほかのアーティストさんに捧げるもの、求められて応えるものなど、自分がアルバムで表現するものとはちょっと切り口が違うんですね。でも、集めると自分でも聴き応えがあると思いますし、いろんなことに挑戦して、頑張った8年が詰まっていて感慨深い気持ちになります。
この8年よく頑張ったと思うと同時に、自分が頑張ったなと思えるような新しい試みだったり、出会いを模索したり、自分で引き出しを開けていったりを積み重ねたり、一歩一歩進んでいけば、いつかまた5枚目があるのかなと思います。
――30周年に向けての目標はありますか?
細かく言えば、こんなアルバムをやりたいとか、このアーティストさん、いいなとかはあります。でも、それって目の前にあるものや、現在動いているものに対する「ものづくり」の話なんですね。これから先どうなりたいかとか、何がやりたいかといわれると、今やってることで精一杯なんですとなっちゃって。もともと先々の目標は掲げないほうなので、毎日頑張ってその先に30周年というご褒美があったらいいなと思います。年齢を重ねれば重ねるほど、続けられているということ自体が貴重なことだなと思い、ありがたいので、もしそれが続いて、いつか30周年って言えたら……くらいです。日々頑張ります。
――ちなみに、これまでの楽曲提供者などを見ると、坂本さんはすごく幅広い楽曲を聴いていますよね。普段どんなふうに音楽の幅を広げていくのでしょうか?
それこそ最近は気になったらすぐ配信やサブスクで聴けるので、好きなアーティストの曲を聴いていて、いいなと思った曲の作曲者を調べたり、その人が前に書いた曲をチェックしたりすることが多いですね。そこから好きになって、アルバムを全曲聞いちゃったという方もいますよ。
――最後に読者にメッセージを。
25周年と言いつつ、自分ではそんなに時が経った感じもしないですが、人生ってあっという間ですね。あっという間なので、皆さんも日々自分を大切に、こんな時代ですが元気で頑張ってください。今回のCDは、初めましてさんにも聴きやすいアルバムになりました。マニアックな路線が好きな人も初めて聴く人にもオススメですので、ぜひこの夏、楽しんでください。
取材・文/野下奈生(アイプランニング)
PROFILE
坂本真綾【さかもと・まあや】3月31日生まれ。東京都出身。フォーチュレスト所属。8歳から子役として活躍し、1996年にシングル「約束はいらない」でCDデビュー。2019年11月には最新アルバム「今日だけの音楽」をリリース。声優、エッセイ執筆、ラジオパーソナリティーなど、多岐に渡って活動中。
「シングルコレクション+アチコチ」リリース情報
2013年からのシングルの表題曲を中心にしたDisc1と最新曲「クローバー」や、ゲーム『カードキャプターさくら クリアカード編 ハピネスメモリーズ』の主題歌「フラッシュ」などを収録したDisc2の2枚組。初回限定盤には、10曲分のMVや今年2月に開催された「犬フェス!」のライブビューイング映像などを収録したBlu-rayが付く。
発売日:7月15日(水)
価格:
初回限定盤:6,300円(税別)
通常盤:4,000円(税別)
レーベル:フライングドッグ